企業間の取引において、毎月の会費や顧問料などの定額引き落としが一般化していますが、事前の承諾なしに金額を変更して引き落としを行うことには、法的なリスクが伴う可能性があります。この記事では、民事・刑事の観点から「承諾のない多額引き落とし」の問題点を整理し、どのような法的責任が問われ得るかについて解説します。
承諾なき引き落としは原則として契約違反
まず、取引先との契約に基づいて定期的に会費や顧問料を引き落とす場合、その金額はあらかじめ合意されている必要があります。もし契約にない金額を引き落とした場合、民法上の債務不履行(民法第415条)や、不法行為(民法第709条)に該当する可能性があります。
相手方の承諾がないまま金額を変更して引き落とすことは、「黙示の合意があった」と主張しない限り、原則として契約違反です。
虚偽説明による納得は問題の本質を覆せない
事後的に不自然な説明を加え、それで相手方が「納得せざるを得なかった」という状況があった場合も、正当な説明責任を果たしたことにはなりません。虚偽や誤解を与える説明は、場合によっては詐欺的行為(民法第96条)と評価される可能性もあります。
実際に取引先が不信感を抱き、取引関係に支障が出た場合、損害賠償の対象になることも考えられます。
刑事事件としての成立可能性
このような行為が刑事事件に発展するかどうかは、その行為の意図や金額、被害者の訴え方に依存します。
- 詐欺罪(刑法第246条):虚偽の説明で相手を錯誤に陥れ、財産を交付させた場合。
- 電子計算機使用詐欺罪(刑法第246条の2):銀行の口座引き落としシステムなどを不正に利用した場合。
- 業務上横領罪(刑法第253条):預かった資金を目的外で使用した場合など。
これらは、金額の多寡や継続性、悪意の有無によって判断されます。過失的なミスであれば民事トラブルにとどまりますが、意図的に利益を得る目的で操作していた場合は、刑事告発も視野に入ります。
民法上の用語:不当利得と不法行為
民法では、承諾のない引き落としは以下のような概念に該当します。
- 不当利得(民法第703条):「法律上の原因なくして他人の財産または労務によって利益を受けた者は、これを返還する義務がある。」
- 不法行為(民法第709条):「故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」
つまり、相手に無断で多く引き落とし、そのまま返還しない行為は、不当利得返還請求や損害賠償請求の対象となります。
実例:類似トラブルでの対応
たとえば、会費が5,000円と契約されていたにもかかわらず、10,000円が引き落とされ、「システムの都合で一時的に二重になったが問題ない」と説明されたケースが過去にありました。その後、返金がなされなかったため、顧客が弁護士を通じて債権者代位による返還請求を行い、返金と謝罪を得た事例があります。
このような場合、中小企業庁の相談窓口や、法テラスへの相談も有効です。
まとめ:合意なき引き落としは法的リスクが高い
承諾のない金額変更による引き落としは、民事上は契約違反・不当利得・不法行為に、刑事上は詐欺罪や横領罪に該当する可能性があります。少額でも、悪質性が高い場合には刑事事件化されることも。
こうした事態に直面した場合は、証拠を整理し、早期に専門家への相談を行うことが重要です。