行政訴訟において「訴えの利益」は常に問題となる重要な概念です。特に建築確認の取消訴訟では、建築工事が完了した後に訴訟を提起しても、「訴えの利益が認められない」とされることがあります。これにはどのような法的背景があるのでしょうか。本記事では、判例や理論をもとに丁寧に解説します。
建築確認とは何か?その法的性質
建築確認とは、建築基準法6条に基づき、建築物の設計が法令に適合しているかを審査する行政処分です。あくまで将来の建築工事の適法性を担保するものであり、その後の建築行為自体を直接拘束するわけではありません。
つまり、建築確認は「建築してよい」という許可ではなく、「この設計なら法的に建築可能」との確認に過ぎないという評価を受けています。これが後述の「訴えの利益」の判断に大きく関わってきます。
取消訴訟における「訴えの利益」とは
行政事件訴訟法9条1項によれば、取消訴訟を提起するには「処分の取消しによって原告の権利利益の救済が可能である」こと、すなわち訴えの利益が必要です。
この「利益」は実質的な効果があるかに基づいて判断されるため、処分の取消しによって違法状態が是正されなければならず、単に理論上違法を訴えても意味がない場合には、訴えの利益が否定されます。
工事完了後の建築確認取消訴訟が無益とされる理由
すでに建築工事が完了してしまっている場合、その建物は社会的・物理的に現存する状態となっており、たとえ建築確認が遡って取り消されても、その建物自体を取り壊す義務を行政庁に課すことはできません。
判例(最判昭和59年1月17日)は、「建築確認は単に工事着手の前提条件にすぎず、これが取り消されても既存の建築物の法的地位に影響を与えない」と明言しています。つまり、取消判決には事後的な物理的変化をもたらす力がなく、救済の実効性がないため、「訴えの利益」が否定されるのです。
取消訴訟の遡及効とその限界
確かに、行政処分の取消には原則として遡及効(行政事件訴訟法31条)が認められており、違法な処分は初めからなかったものとみなされます。
しかしこの遡及効も無制限ではなく、「法律的効果が社会的現実に及ぼす影響の不可逆性」を考慮して制限的に運用されます。すでに建物が完成していて社会生活に定着している場合、建築確認の遡及的取消には現実的な意味がないと解されます。
実務上の救済手段は?
工事完了後に近隣住民などが建築物に違法性を感じる場合、建築確認の取消訴訟ではなく、「建築基準法違反に基づく是正命令の発動を求める訴訟」などが現実的な救済手段となります。
また、建築確認後に工事が始まる前であれば、建築確認の取消訴訟によって実質的な差し止め効果が期待できるため、速やかな訴訟提起が重要です。
まとめ
建築確認取消訴訟における「訴えの利益」は、建築工事が完了してしまった場合には原則として否定されます。これは、建築確認が将来の建築工事を可能にする法的評価に過ぎず、取り消しても既に建った建物に実効的な影響を及ぼさないからです。
したがって、訴えの利益を確保するためには、建築前または建築中に法的措置を講じることが重要であり、完了後の訴訟では他の法的手段による対応を検討すべきです。