刑法を理解するうえで、多くの人が混乱するポイントの一つが刑法38条、特に第1項と第3項の関係です。一見すると「意思がなければ罰しない」としつつ、「法律を知らなくても罰する」としており、矛盾して見えるかもしれません。この記事では、刑法38条の条文構造とその意味を、実例を交えて解説します。
刑法38条とは何を定めた条文か
刑法38条は「故意犯の原則」と呼ばれるルールを規定しています。つまり、原則として犯罪は故意(罪を犯す意思)があって初めて成立するという考え方です。条文は以下のように構成されています。
- 第1項:罪を犯す意思がない行為は、罰しない
- 第2項:重大な過失がある場合には罰する(過失犯に関する規定)
- 第3項:法律を知らなかったことは、故意を否定できない
一見すると、第1項で「罪を犯す意思がなければ罰しない」と言っているのに対し、第3項で「知らなくても意思があったとする」と矛盾して見えるかもしれません。しかし、この違いは意思の内容に注目すると明確になります。
第1項「罪を犯す意思がない行為は、罰しない」の意味
この条文は、物を盗んだ、傷つけた、殺した、などの行為について、本人にその行為の結果を引き起こすつもり(故意)があったかを問うものです。たとえば。
例1:バッグを間違えて持って帰ってしまった(他人のものと知らなかった)場合、「盗む意思」はなかったため、原則として罪になりません。
例2:交通事故で人を死なせてしまったが、故意ではない場合は過失致死として扱われます(第2項の話)。
第3項「法律を知らなかったとき」はなぜ罰せられるのか
第3項は、法律を知らないこと(法律不知)は、行為の故意の有無には関係しないという考えを示しています。これは「法の不知はこれを許さず」という原則によります。
例3:「この国では軽く他人を叩いても暴行罪になるなんて知らなかった」という言い訳は認められません。実際にその行為を意図して行っていれば、法律の知識がなくても罰されるのです。
意思の方向:事実への認識 vs 法律の認識
ここで重要なのは、第1項は「事実」の認識に関するものであり、第3項は「法律」の認識に関する規定であるという点です。
「この行為は他人の物を奪うことだ」と理解してやったならば、それが違法と知らなくても「故意」はあるのです。つまり「行為の実態を理解していたか」がポイントです。
なぜ法律の不知が許されないのか
もし「法律を知らなかった」だけで罪が成立しないとすると、犯罪が多発しても処罰できなくなるリスクがあります。これを避けるために、法律は「法律の内容を知らなかった」としても免責にはならないと定めているのです。
その代わり、あまりにも特殊な法律違反で本当に知らなかったことに相当な理由がある場合には、裁判で量刑(刑の重さ)に考慮されることがあります。
まとめ:38条1項と3項の違いを理解しよう
刑法38条は、「故意」があるかどうかで処罰の可否を判断します。第1項は、行為そのものに対する意思がなければ処罰できないという原則を示しています。一方、第3項は、法律を知らなかったとしてもその行為を意図的に行ったなら「故意」があると判断されるというルールです。
つまり、「事実を知らなかったら故意なし」「法律を知らなかったら故意あり」です。この違いをしっかり押さえておけば、刑法の理解がぐっと深まるでしょう。