会社法における取締役の利益相反取引は、経営の公正性や会社財産の保護を目的に厳しく規定されています。特に「取締役会の承認」と「損害賠償責任」の関係については混乱しやすく、多くの学習者が疑問を抱えるポイントです。本記事では、制度の本質と目的を丁寧に解説します。
利益相反取引とは何か?
取締役が会社と直接取引をしたり、自らの利益を図るために会社を利用する場合、その取引は「利益相反取引」に該当します。会社法第356条では、これらの取引に関しては取締役会の承認を事前に得る必要があると定められています。
たとえば、取締役が自身の所有する土地を会社に売却するケースなどは、まさに典型的な利益相反取引です。利害が衝突するため、第三者の視点を持つ他の取締役による慎重な審査と承認が求められるのです。
なぜ取締役会の承認が必要なのか
この制度の趣旨は、「会社の利益を守ること」にあります。取締役会の承認を求めることで、透明性を確保し、恣意的な取引を防止することが目的です。
承認がないまま取引がなされた場合、会社はその取引を無効または取消しとして主張できる余地があり、実際に損害が発生していれば、損害賠償を請求できる法的基盤となります。
承認しても責任を問われるのはなぜか
ここが最大の誤解を生むポイントです。「承認=免責」ではないという点が重要です。たとえ承認を得ていたとしても、その承認が会社の利益を害する内容であった場合、賛成した取締役には会社法第423条に基づき任務懈怠による責任が発生するのです。
つまり、承認する取締役は、その内容が会社にとって合理的かつ妥当であるかを真剣に判断する責任があるということです。承認は形式ではなく、実質審査が求められているのです。
実例:承認したが損害が発生したケース
ある中小企業で、取締役Xが自分の会社に自家所有の中古設備を高額で売却。取締役会で多数決により承認されたものの、後にその設備が市場価格よりはるかに高額だったことが判明。結果として会社に損害が発生し、賛成した取締役も損害賠償責任を問われました。
このように、承認に賛成した場合でも、会社に不利益な判断であったとされれば責任が生じます。
では、承認に意味はないのか?
結論から言えば、「承認には大きな意味があるが、安易に賛成してはならない」ということです。承認手続きは、第三者的視点で公正なチェックを行う機会であり、会社法が経営の健全性を保つために設けた防波堤です。
承認することで取引自体は適法性を持ちますが、その承認の過程と内容が不合理であれば、個々の取締役の責任は免れないという、高度な職業倫理と判断能力が求められているのです。
まとめ
取締役会の承認制度は、会社の利益と取締役の利益が衝突する状況において、会社を守るための重要な仕組みです。承認は単なる形式的な手続きではなく、取締役の責任とセットで機能する制度設計であることを理解することが、会社法の本質に迫る鍵となります。
承認を得ても責任を負う可能性があることは、一見矛盾のように見えますが、経営判断に慎重な検討と説明責任を伴わせるための合理的な仕組みなのです。