職場でのトラブルが思わぬ法律問題に発展することがあります。特に暴力が絡んだ場合、傷害罪や暴行罪といった刑事責任、さらに民事の損害賠償請求に発展する可能性があります。今回は「先に殴られたが、殴り返して相手に怪我をさせた」ケースについて、実際にどのような法的判断がなされるのかを解説します。
暴行と傷害の違いを明確に理解しよう
まず基本的な法律知識として、暴行罪(刑法第208条)は「身体に対する有形力の行使」であり、たとえ怪我がなくても成立します。傷害罪(刑法第204条)は、相手に治療を要する怪我を負わせた場合に成立し、より重い刑罰が科される可能性があります。
本件のように「殴り返した結果、相手が5針縫う怪我をした」場合、父親には傷害罪が成立する可能性があります。ただし、正当防衛が成立するかどうかが大きなポイントになります。
正当防衛が認められる要件とは
刑法第36条によると、正当防衛が成立するためには以下の条件が必要です。
- 急迫不正の侵害があったこと(=突然の暴力)
- 自己または他人の権利を守るためだったこと
- 防衛行為が相当だったこと(=やりすぎではない)
この「相当性」が問題となりやすく、例えば殴られて無抵抗でいられない状況で1発だけ返した場合には、正当防衛と判断される可能性が高くなります。
一方、返した1発で相手が大けがを負った場合、防衛の範囲を超えたとみなされ、「過剰防衛」と判断されることもあります。過剰防衛は情状酌量されることもありますが、処罰の対象になり得ます。
見た・見られていない行為の証明力
目撃者が「父親が殴った場面だけを見ていた」場合、証言の偏りが発生しがちです。父親が殴られた場面が証明できないと、正当防衛の主張が通りにくくなります。
そこで重要になるのが「診断書」です。頭痛や身体の痛みなど、外傷がなくても病院で症状を説明し、診断書をもらうことで「被害を受けた証拠」として活用できます。
診断書の有効性と取得のポイント
外傷がなくても、内出血や筋肉の打撲、精神的ショック(ストレス症状)などで診断書が出されるケースは多々あります。できるだけ早く病院に行き、正確な症状を医師に伝えることが重要です。
また、痛みの部位を写真に残す、服に付着した血痕などの物証も保存しておくと、主張の裏付けとして有効になります。
「両成敗」は成立するのか?
双方が暴力行為を行った場合、刑事責任は別々に判断されます。両成敗的な判断(相殺)ではなく、それぞれが暴行・傷害として処罰対象になります。ただし、加害行為の強度や先に手を出した事実など、状況によって起訴猶予や不起訴となる可能性もあります。
また、慰謝料請求についても同様で、被害者と加害者が入れ替わる可能性もあるため、「こちらも被害届を出す」などの対抗策が実務上使われることもあります。
まとめ:対応を間違えず、まずは法的サポートを
本件のようなケースでは、感情的に反応するよりも冷静な対応が重要です。診断書の取得はもちろんのこと、弁護士に相談して法的アドバイスを得ることが第一歩です。
また、相手から慰謝料を請求された場合も、すぐに応じるのではなく「証拠」「証言」「事情の全体像」を整理し、交渉・対抗措置を検討しましょう。証拠が残っていれば、正当防衛の立証が可能になるケースもあります。
「喧嘩両成敗」は法律上の概念ではなく、個別の行為に対して責任が問われるのが現実です。正しい知識とサポートで、自身と家族を守りましょう。