刑法における放火罪は、行為の対象や結果に応じて複数の類型に分かれており、適用の境界がやや複雑です。とくに現住建造物等放火罪(刑法108条)と建造物等以外放火罪(同110条・111条)との区別は、司法試験や実務でも争点になる重要なポイントです。
放火罪の類型と構成要件の違い
刑法上の放火罪は大きく分けて「現住建造物等放火罪」「非現住建造物等放火罪」「建造物以外放火罪(物件放火)」の3つに分類されます。
- 現住建造物等放火罪(刑法108条):人が現に住居に使用している、または通常人がいると考えられる建造物に放火し、焼損させた場合に成立。
- 非現住建造物等放火罪(刑法109条):人が住んでいない建物などへの放火。
- 建造物以外放火罪(刑法110条・111条):車両、船舶、航空機、その他物件への放火。
このように、建物に対する放火か、それ以外の物への放火かで条文が分かれ、さらに建物の場合は「現住性」が問われます。
実験室の薬品に放火した場合の法的評価
仮に学校の実験室で、可燃性薬品に意図的に火をつけ、その火が実験器具や設備に燃え移ったとしましょう。問題はこの火が建物の一部、すなわち天井・壁・床に燃え移ったかどうかです。
たとえ薬品や器具が燃えたとしても、それが建造物そのものに延焼しなければ「建造物等放火罪」には当たらず、「建造物以外放火罪」が成立する可能性が高いです。ただし、次のような点が判断に影響します。
- 火が天井や床などの建物本体に移ったかどうか
- 不燃性素材で延焼に至らなかったが、火が実際に到達していたか
- 火をつけた対象が「建造物の構成部分」と見なせるかどうか
建造物の構成部分に火が届いたときの扱い
実験室の壁や天井に火が「移った」とされる場合、その部位がたとえ不燃材であっても、火が建物の構成部分に達した時点で、現住建造物放火罪(または未遂罪)が成立する余地があります。
たとえば、次のような判例が参考になります。
- 火が鉄製のドアに達し、黒焦げになっただけでも、延焼の危険性が高く、放火の実行に着手したと判断された事例あり。
したがって、「延焼していない」ことは必ずしも無罪を意味しません。火が構成部分に達した時点で、少なくとも未遂罪が成立する可能性があります。
未遂か既遂かの判断基準
刑法における放火罪の「既遂」成立には、建造物が「焼損」されたことが必要です。焼損とは、建造物の主要構造に火が燃え移り、その機能を一部でも失わせた状態をいいます。
もし火が天井の一部に表面的に触れただけで、焼損に至っていなければ、未遂罪(刑法113条)となる可能性が高いです。
事例に当てはめた考察
ご質問のケースでは、次のように整理できます。
- 薬品や器具への放火 → 建造物以外放火罪(110条)既遂
- 壁・床などに火が達した → 現住建造物放火未遂罪(113条、108条)
- ただし、火が建造物の一部に達していない場合 → 器具等への放火のみが成立
火がどこまで到達し、焼損させたかを客観的に立証できるかが大きな鍵となります。
まとめ:建造物に火が達したかどうかが境界線
放火罪では、対象物と火の到達範囲が成立要件を大きく左右します。特に「建物そのもの」へ火が及んだか、及んでいないかで、建造物等放火罪と物件放火罪、さらには既遂・未遂の分岐が生まれます。
今回のように、火が不燃性の建材に触れたのみで焼損がない場合は、未遂罪の適用が現実的です。刑法上の構成要件や判例の理解を深めながら、事案の具体的な事実関係を精査することが重要です。