刑法の問題では、犯罪の「構成要件該当性」や「主観的要素」が問われる場面が多くあります。特に「被害者の反応」が通常と異なる場合に、行為者の責任がどう評価されるのかは重要な論点です。この記事では、ナイフを突きつけられながらも冷静な被害者が財布を差し出したというケースについて、犯人に成立する犯罪類型と法的評価を詳しく解説します。
事案の概要と争点の整理
本件では、犯人が被害者に対してナイフを突きつけて「金を出せ」と脅迫し、被害者がそれに動じることなく、むしろ情けを感じて財布を渡したという事案です。
このケースで問題となるのは、被害者が脅迫に「恐怖」を感じなかった場合でも、犯罪が成立するのか、そして成立するとすればどの罪か、という点です。
構成要件上の検討:強盗罪の成否
刑法第236条における強盗罪は、「暴行または脅迫を用いて、財物を強取すること」を要件とします。ここでの「脅迫」は、相手の反抗を抑圧する程度のものである必要があります。
しかし、本件では被害者が脅迫に動じておらず、抵抗意思を保っていたため、「反抗抑圧」が認められない可能性が高く、強盗罪の成立は困難と考えられます。
恐喝罪の成立可能性
一方で、刑法第249条の恐喝罪は、「人を脅迫して財物を交付させたとき」に成立します。この「脅迫」は、強盗罪ほど強度である必要はなく、被害者が恐怖を感じていなくても「社会通念上、畏怖させるに足る行為」であれば該当します。
つまり、ナイフを突きつける行為自体が、一般人にとって「恐怖を抱かせるに足る行為」であるため、被害者の主観にかかわらず恐喝罪の構成要件に該当します。
被害者の意思と犯罪成立との関係
本件の被害者は、「情けをかけて財布を渡した」とされていますが、これは脅迫による影響を受けていないことを意味するわけではありません。犯人の威圧的行為が背景にある限り、「自発的な交付」とは評価されません。
このように、被害者の心理的動機や感情がどうであれ、行為者の違法な手段が財物交付の契機となっていれば恐喝罪は成立することになります。
刑の重さと法的評価
恐喝罪の法定刑は、10年以下の懲役です。強盗罪(5年以上の有期懲役)に比べれば軽く見えますが、計画性や凶器の使用などがあれば、量刑においては重く評価される可能性があります。
また、ナイフという凶器の使用があったため、場合によっては銃刀法違反や準強盗未遂(236条+43条)と評価される余地もあります。事実認定や証言内容次第で、評価は変わり得ます。
まとめ:強盗ではなく恐喝が成立する典型事例
本件では、「被害者が恐れていなかった」という点に注目すると一見して強盗罪が否定されるように見えますが、行為の社会的危険性と威圧的手段の有無によって、恐喝罪が成立すると評価されるのが妥当です。
刑法の判断は、被害者の主観だけでなく、行為そのものの客観的性質によっても決定されるため、学習にあたっては「構成要件の本質」を丁寧に理解することが重要です。