刑法における「同時傷害の特例」は、複数の者が意思連絡なく同時に一人の人を傷害した場合に適用される特例です。この規定はあくまで「傷害罪」に限定されており、器物損壊罪などには適用されません。この記事ではその理由や、器物損壊のケースでの法律上の処理の違いについて解説します。
同時傷害の特例とは何か
刑法第208条の2によると、「傷害の罪については、数人が意思の連絡がなく同時に加害したときは、共同して犯したものとみなす」とされています。これがいわゆる「同時傷害の特例」です。
たとえば、AとBがたまたま同時にCを殴り、誰の行為による傷か特定できない場合、両者に傷害罪が成立することになります。これは被害者の保護と責任の明確化を目的としています。
器物損壊罪にはなぜ適用されないのか
器物損壊罪(刑法第261条)は、財物を損壊する行為を処罰するもので、被害物が「モノ」である点で傷害罪とは性質が異なります。モノの損壊は通常、損壊の原因を物理的に追跡できるため、「誰がどの程度壊したか」を比較的容易に判断できます。
そのため、意思連絡がなかった複数の加害者が同時に損壊した場合でも、個々の行為を立証することが可能とされ、「同時傷害の特例」のような規定は不要とされているのです。
実例で考える:ゲーム機を同時に壊したケース
たとえば、AとBが意思の連絡なくCのゲーム機に怒り、それぞれ別のタイミングで投げつけて損壊した場合、それぞれの行為について器物損壊罪が個別に成立する可能性があります。
ただし、ゲーム機の破損が一方の行為のみで生じたと明らかにできれば、もう一方は未遂罪や不処罰にとどまる可能性もあります。もし原因の特定が困難でも、「共同正犯」としてではなく、それぞれが独立に「単独犯」として処理されるのが通常です。
共同正犯の成立要件と比較
共同正犯(刑法第60条)とは、2人以上が意思を通じて共同して犯罪を実行した場合に成立します。つまり、意思の連絡・共謀があって初めて成立するものです。
器物損壊においても、AとBが示し合わせて壊そうと決めた場合には、共同正犯が成立します。逆に、意思の連絡がなければ「共同正犯」は成立しません。
過去の判例に見る運用例
裁判例でも、同時に加えられた暴行による傷害においては「同時傷害の特例」が適用される一方、同様の器物損壊事件では「加害行為の特定可能性」が重視され、原則として個別に責任が問われています。
この違いは、刑法の基本原則である「行為と責任の一致」に基づいています。
まとめ:罪名による特例の適用の違いに注意
「同時傷害の特例」は人に対する加害行為、すなわち傷害罪のみに適用される制度であり、器物損壊罪などモノに対する犯罪には適用されません。
そのため、たとえ複数人が同時に損壊行為を行っていても、それぞれが個別に処罰対象となります。刑法における各条文の目的と構造を理解することで、より正確な法的判断が可能になります。