不動産や動産の所有権をめぐる争いでしばしば問題となるのが「取得時効」です。民法上、一定の期間にわたり善意・無過失で所有の意思をもって占有を継続すると、その所有権を取得することができます。しかし、時効が完成した後に「相手の所有を認めた」とされた場合、その時効援用権はどうなるのでしょうか?この記事ではその点を中心に、取得時効の基本と注意点を解説します。
取得時効とは何か:10年または20年の占有で成立
民法162条によれば、他人の物を一定期間、所有の意思をもって占有し続けた場合、その物の所有権を取得できます。
- 善意・無過失の占有:10年
- 悪意または過失のある占有:20年
たとえば、他人の土地を本人が所有者と信じて10年以上平穏かつ継続して使用していた場合には、取得時効を主張(=援用)することが可能になります。
時効援用とは?成立しても自動的に効力は発生しない
時効は「完成」するだけでは足りず、援用(自ら主張)することではじめて法律上の効果が発生します(民法145条)。
つまり、たとえ10年の占有期間が過ぎていたとしても、自ら時効完成を主張しない限り、その効力は発生しないのです。
相手の所有を認めた場合はどうなる?
ここで問題となるのが、時効完成後に「その物は相手のものだ」と認めたような発言や行動をした場合です。結論から言えば、時効完成後に所有権を相手に認める言動をした場合、時効援用権を喪失する可能性があります。
これは民法146条に基づく「時効利益の放棄」と解釈され、放棄とみなされると時効援用ができなくなります。
時効利益の放棄とその判断基準
ただし、時効利益の放棄は明確な意思表示が必要です。単なる曖昧な言動や曖昧な同意では足りず、法律上は「援用する意思がないと客観的に認められる行為」でなければ放棄とみなされません。
たとえば、書面で「この物件は○○さんのものです」と署名した場合や、相手に返却を申し出たような場合には放棄と解釈される可能性があります。
判例から見る実例:援用できなかったケース
判例の中には、時効完成後に「相手に無断で使っていた」と認めたり、「本件土地は元々○○所有」と述べたりしたことで、時効援用が否定された例があります。
逆に、沈黙を保っていたり、相手の主張に対して明確に否定しなかったとしても、放棄とまではされなかった例もあり、ケースバイケースの判断が求められます。
実務上の注意点と対策
取得時効の援用を検討している場合は、以下の点に注意が必要です。
- 相手とのやり取りは慎重に行い、所有を認める発言は避ける
- 書面やLINEなど証拠が残る形での発言内容に注意
- 可能であれば弁護士に相談し、援用通知の文案などを作成する
放棄とされるか否かは、のちの裁判で証拠として評価されるため、できる限り一貫した主張を続けることが大切です。
まとめ:取得時効援用前後の言動には要注意
取得時効が完成していても、援用の前に所有を認めるような言動をとってしまうと、時効の利益を放棄したとみなされ、援用が認められなくなることがあります。
民法146条の規定を踏まえ、時効完成後の発言や行動には慎重さが求められます。疑義がある場合は、専門家に早めに相談し、適切な対応をとるようにしましょう。