精神障害と刑事裁判の関係は、一般的に理解しづらい領域です。中でも解離性同一性障害(DID)は、犯罪との関連性が注目されることもあります。本記事では、DIDの診断書がある場合に、刑事裁判でどのように責任能力が判断されるかを解説します。
解離性同一性障害とはどのような病気か?
解離性同一性障害(旧称:多重人格障害)は、複数の人格(交代人格)が存在し、特定の人格が現れることで本人の記憶や意識が一時的に断絶される症状が特徴です。トラウマ体験が原因で発症するとされ、主に児童期の虐待や強い心理的ストレスが背景にあります。
例えば、ある人格が犯罪行為を行ったが、別の人格はそれを認知しておらず記憶にもないというケースも存在します。このような場合、被疑者本人の「意思」や「認識」に焦点が当てられます。
刑事責任能力とは?精神障害との関係
刑事裁判では、被告人に「責任能力」があるかどうかが重要な争点になります。責任能力とは、自身の行為が違法であることを理解し、それを制御する能力のことです。
精神障害がある場合、その症状によって責任能力が「なし」「限定的」「あり」と分類され、以下のような判断になります。
- 責任能力なし:無罪となる可能性がある(刑法第39条)
- 限定的責任能力:刑の減軽が認められる可能性がある
- 責任能力あり:通常通り有罪となる
DIDがあると無罪になる可能性は高いのか?
結論から言えば、DIDの診断があるからといって必ず無罪になるわけではありません。裁判では、専門医の意見や精神鑑定をもとに、裁判官が責任能力の有無を個別に判断します。
特に日本では、DIDのような「症状が不安定で、演技の可能性もある」障害については、厳格な証拠と鑑定が求められ、無罪や不起訴になるケースは多くはありません。過去の判例でも、「行為当時に自己の行動を認識・制御できていた」と判断され、有罪となった例が複数あります。
実際の判例に見るDIDと責任能力
例として、ある刑事事件でDIDの診断が提出されたにもかかわらず、主人格が犯行を計画・実行し、かつその後の言動に整合性があったとして「完全責任能力あり」と判断された事例があります。
一方で、極めて重度のDID症例で、犯行時に記憶が一切なく、交代人格が強く行動していたと認められた例では「限定責任能力」が認定され、執行猶予付きの判決となったこともあります。
弁護側が主張するべき視点とは
弁護側がDIDを根拠に責任能力の欠如を主張するには、以下のような資料が必要です。
- 複数の精神科医による客観的な診断書
- 継続的な通院歴や治療歴
- 犯行当時の記憶の有無や人格交代の有無を示す証言
これらを通じて、「犯行時に自我の統合が崩れていた」ことを証明できれば、責任能力の欠如が認められる可能性が出てきます。
まとめ:DIDと裁判の実情を知ることが第一歩
解離性同一性障害があるからといって、必ずしも無罪や不起訴となるわけではありません。精神鑑定や診断書は重要な証拠ですが、それだけで責任能力の欠如が認められることは少なく、裁判官による慎重な判断が求められます。
本格的に対応を考える場合は、精神障害事件に強い弁護士と早めに連携し、証拠の確保と主張の整理を行うことが非常に重要です。