大学構内で発生した自転車盗難事件に際し、被害学生が監視カメラ映像の開示を求めたものの、大学側がこれを拒否したケースについて、民法上のプライバシー権および個人情報保護法の観点からその対応の適否を検討します。
大学が保有する監視映像は「個人情報」に該当するか
監視カメラ映像に他人の容貌・行動が映っている場合、それは個人情報保護法2条1項の「個人情報」に該当します。特定の個人を識別可能な情報であり、大学がその映像を管理していれば、大学は「個人情報取扱事業者」に該当し、同法の適用対象となります。
したがって、映像の第三者提供(=学生Aへの開示)には原則として本人の同意が必要(同法23条1項)であり、大学が簡単に開示できない理由はここにあります。
プライバシー権の観点と「開示請求」の正当性
一方、学生Aの立場からすると、自身の財産権(自転車)を守るために必要な証拠として開示を求める行為には一定の正当性があります。民法上、他人の不法行為によって損害を受けた者は、損害賠償請求権(民法709条)を行使するにあたり、必要な証拠収集の範囲でプライバシーを一定程度制限し得るという考え方があります。
判例でも、東京地判平成17年9月22日(監視カメラ映像開示請求事件)において、被害者が必要かつ相当な範囲で監視カメラ映像の開示を求めることが認められる余地があるとされました。
個人情報保護法の「例外規定」の適用可能性
個人情報保護法23条1項の例外として、次のような条項が存在します。
- 法令に基づく場合(1号)
- 人の生命、身体または財産の保護のため必要があり、本人の同意を得ることが困難な場合(2号)
- 公衆衛生の向上や児童の健全育成のため特に必要な場合(3号)
- 国の機関や地方公共団体への協力が必要な場合(4号)
このうち、盗難被害という文脈で「財産の保護のため必要がある」と認められれば、2号の例外が適用され得ると考えられます。ただし、個人情報保護委員会のガイドラインにおいても、開示範囲や必要性については厳格に判断されるべきとされています。
X大学の対応は適法か?
大学が一律に監視映像の開示を拒否した対応は、個人情報保護法の観点では「原則」に沿ったものと評価できます。しかしながら、学生Aが被害届を提出し、捜査機関からの正式な照会があった場合には開示が可能であり、大学がそのような手続を案内せず拒絶した場合には「不誠実な対応」と評価される余地もあります。
つまり、大学が自発的に開示する義務はないが、正当な手続きを案内する責任はあるといえるでしょう。
実務上の対応とアドバイス
- 学生Aはまず警察に盗難被害を届け出て、捜査機関経由で映像を要請してもらうのが最善です。
- 民事訴訟を検討する場合は、弁護士を通じて証拠保全の手続きを取ることも可能です。
- 大学は個人情報保護規程やカメラ設置方針を明確にし、学生に対して周知しておくべきです。
まとめ
大学構内の監視カメラ映像の開示は、個人情報保護法上の制約と、民法上のプライバシー配慮とのバランスで判断されます。
X大学が一律に開示を拒否したこと自体は原則として適法ですが、被害届の提出や法的手続の案内を通じて学生に配慮する義務も否定できません。制度的な理解と冷静な対応が求められる場面です。