医療ミスを訴える際、「どこまで患者側が証明しなければならないのか?」という立証責任の問題は非常に重要です。特に複数の医療機関を受診していた場合、被告医師側が「他院での治療が原因」と主張することがあります。本記事では、医療過誤訴訟における立証責任の基本から、他院の治療が争点となるケースでの扱いについて、実務と判例を交えて解説します。
医療過誤訴訟の基本構造と立証責任の所在
民事裁判においては、一般に「原告が自らの主張を証明する」責任があります。医療過誤訴訟でも、原告(患者側)が医師の注意義務違反と因果関係を証明する必要があります。
つまり、ただ「治療の結果悪化した」と訴えるだけでは不十分で、医師がどのような医療行為を怠ったか、それが損害(症状悪化など)とどう関係しているのかを、医学的見地から証明しなければなりません。
他院の治療が関係する場合の扱いと反論の構造
複数の医療機関を受診していた場合、被告医師が「他院での治療の影響」を主張することは珍しくありません。これは「因果関係の否認」や「過失の不存在」を訴える防御方法です。
しかし、この主張が認められるためには、被告側も「他院での処置内容と損害との因果関係」を一定程度立証する必要があります。単に「他院に行っていたから自分は関係ない」とするだけでは主張が通ることはほとんどありません。
具体的な立証方法と医学的証拠の重要性
患者側は、医療記録(カルテ)、診療情報提供書、レントゲンやMRIなどの画像診断、専門医の意見書などを証拠として提出することで、被告医師の過失や因果関係を立証していきます。
特に専門医の意見書(セカンドオピニオン)は、第三者としての中立的立場から過失の有無を評価するため、裁判所でも重視される傾向にあります。
判例にみる他院治療と責任の認定
過去の判例では、以下のような判断がなされたケースがあります。
- 他院の治療が一定の影響を与えていたとしても、被告医師の初期対応が適切であれば責任は否定された(東京地裁 2015年)
- 他院での治療内容が不明瞭でも、被告医師の説明義務違反が認定され賠償命令が出た(大阪地裁 2019年)
つまり、他院の存在は被告医師にとって有利に働くこともありますが、それがすべての免責理由になるわけではありません。
弁護士の活用と証拠の集め方
医療過誤訴訟は医学と法律が複雑に絡むため、医療訴訟に精通した弁護士のサポートが不可欠です。また、患者側が不利にならないためには、可能な限り受診歴を記録・保存し、診療記録の開示請求を早めに行うことが重要です。
もし他院の記録が入手できない場合でも、専門医による第三者評価で「この症状は被告医師の過失による可能性が高い」とされれば、訴訟上の武器になります。
まとめ:他院の存在だけで責任は否定されない。鍵は因果関係と証拠の積み重ね
医療過誤訴訟では、「どの医療行為がどの損害につながったか」という因果関係の立証が極めて重要です。被告医師が他院の影響を主張しても、それが通るには医学的裏付けが必要であり、原告側も的確な証拠の収集と専門的サポートが求められます。
「他院があったから関係ない」と一蹴されることは通常なく、患者側の準備次第で十分に責任追及が可能です。