企業にとって、優秀な人材の喪失は大きな損害となり得ます。特に、経営者や専門性の高い技術者など替えのきかない人物が突発的な事件で亡くなった場合、その影響は経済的にも甚大です。しかし、被害者が従業員である場合、会社が加害者に損害賠償請求を行うことは可能なのでしょうか?この記事では、民事責任の観点からその法的根拠を探ります。
企業が損害賠償請求できる法的根拠
日本の民法では、「不法行為によって損害を受けた者」は、その加害者に対して損害賠償を請求できる(民法709条)と定められています。これには法人も含まれ、従業員を失うことで具体的な経済的損害を受けた企業が対象となり得ます。
たとえば、企業が被雇用者に多額の研修投資をしていた場合や、その従業員の不在によって取引や契約履行に支障が生じた場合、企業はその損害額を立証できれば加害者に請求することが可能です。
過去の判例に見る実際の動き
実務上、会社が殺人事件の加害者に対して損害賠償を請求する例は極めて少なく、あまり報道されていません。これは、企業が「名誉」や「社会的立場」への配慮から訴訟を控えることや、加害者に資力がない場合には現実的な回収可能性が低いためとも考えられます。
ただし、過去に重大事件の発生時、関連会社や雇用主が損害賠償請求を検討したことが報じられた例もあり、「不可能ではないが、実務上は非常にハードルが高い」とされています。
企業にとっての損害の具体例
会社が被る損害には、以下のような具体例が想定されます。
- 代替人材の採用・育成コスト
- 重要プロジェクトの遅延・中止
- 取引先からの信用失墜
- 株価や企業価値への影響
これらの損害が明確に立証できる場合、加害者に対して請求する理論的余地は存在します。
労災保険や企業保険との関係
従業員が業務中に不慮の事件に巻き込まれた場合には、労災保険や企業が加入する団体傷害保険などの対象となる可能性があります。これにより、企業自体が直接的な金銭的損害を一部回避できる場合もありますが、それとは別に「加害者への民事訴訟」は独立した請求手段として行うことが可能です。
ただし、保険での補填と重複請求を避けるため、慎重な法的判断が求められます。
会社が請求しない理由と今後の可能性
企業が損害賠償請求を行わない理由には、社会的影響への配慮のほか、訴訟リスクや費用対効果の問題もあります。加害者が無資力である場合、訴訟に勝訴しても実際に賠償金を得られる可能性が低いからです。
しかし、今後は人材の重要性が増す中で、「企業が被った損害を正当に主張する」動きが増える可能性もあります。特に中小企業においては、キーパーソンの喪失が経営に直結するため、法的手段を取る意義はより大きいといえます。
まとめ:法的には可能だが実務上のハードルは高い
企業が殺人事件の加害者に対して損害賠償を請求することは、民法上は理論的に可能です。ただし、実際に訴訟を起こすには、損害の立証・加害者の資力・社会的影響など、多くの要素を考慮する必要があります。
今後、企業のリスクマネジメントがより重要視される中で、このような請求が現実味を帯びてくる場面があるかもしれません。