民法における動機の錯誤とその要件とは?意思表示の暗示による取消しの実務的理解

契約を取り消す理由の一つに「錯誤」がありますが、その中でも「動機の錯誤」は判断が難しく、実務でも争点となることが多いです。特に、買主の購入動機が相手に明示されていない、あるいは明示したつもりでも「暗示」にとどまる場合、それが錯誤取消しに該当するのかどうかが問題となります。この記事では、民法上の動機の錯誤と暗示による意思表示について、実例を交えてわかりやすく解説します。

動機の錯誤とは何か?

動機の錯誤とは、意思表示をするに至った動機が事実と異なっていた場合に、それが法律行為の要素となっていれば取り消せるという制度です。民法95条では、要素の錯誤があれば意思表示は取り消すことができると定めています。

ただし、単なる動機の間違いでは取消しはできません。その動機が「表示」または「黙示(暗示)」されていて、契約相手もその動機を取引の重要な要素として理解していたときに限られます。

表示または暗示の要件とは?

動機が「表示」されているとは、意思表示の中で具体的に「この土地は今後値上がりするから買います」といったように、契約相手に明確に伝えられていることを指します。これは比較的わかりやすいケースです。

一方、「暗示(黙示)」の場合は、はっきりと言葉にしないまでも、契約交渉の文脈や行動から、相手が合理的にその動機を認識できたといえる状況が必要です。たとえば、購入前に再三「この土地は再開発地域に含まれているんですよね?」と尋ねたり、パンフレットの将来性を強調する箇所に強い関心を示していた場合などが該当します。

具体例:不動産取引における動機の錯誤

たとえば、買主が「この地域は市の再開発計画の対象だから価値が上がる」と信じて土地を購入し、その話を仲介業者にも伝えていた場合、それが売主にも共有されていれば「動機の表示」に該当します。仮に再開発の事実がなかったと後で判明した場合、錯誤による取消しが認められる可能性があります。

ただし、単に「価値が上がるかもしれないと思った」程度では動機の錯誤は成立しません。その動機が取引の重要な要素として相手方に伝わっていたかが重要なポイントとなります。

裁判例に見る暗示の判断基準

判例では、黙示の動機が錯誤取消しの要件を満たすと判断された例があります。たとえば、東京地裁平成18年3月29日判決では、買主が再開発情報に基づいて土地を購入し、その動機が交渉過程で明確にされていないものの、仲介業者がその点を把握していたという事情から、「黙示による動機の表示」があったと認定されました。

このように、契約の前提条件や動機が交渉段階で何らかの形で共有されていた場合、たとえ明言していなくても取消しが認められることがあります。

錯誤の立証責任と注意点

錯誤を主張する場合、その動機が取引の要素であり、相手に表示または黙示されていたことを証明する責任は主張する側にあります。そのため、メールのやり取りや交渉記録、パンフレットの写しなど、客観的な証拠が極めて重要です。

さらに、錯誤取消しが認められた場合でも、善意無過失の第三者には対抗できない(民法95条4項)ため、登記などの対抗要件にも注意が必要です。

まとめ:動機の錯誤を主張するには「暗示の事実」の立証がカギ

動機の錯誤による契約取消しを主張するためには、その動機が相手方に「表示」または「暗示」されていたことが必要です。特に暗示については、言動や文脈から相手が合理的にその動機を理解できたかが問われます。

契約交渉においては、重要な前提や動機はできる限り明示しておくこと、そして万が一トラブルが起こった場合に備えて証拠を残しておくことが、法的な保護を受けるために重要です。

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