夢遊病(睡眠時遊行症)は、自覚や記憶のないまま行動してしまう睡眠障害の一種です。極めて稀なケースですが、夢遊病中に他人に危害を加え、最悪の場合、殺人に至るという事案も国内外で報告されています。では、本人に意識がなかった場合でも刑事責任は問われるのでしょうか?この記事では、刑法・判例・医学的観点をもとに、この難解なテーマをわかりやすく解説します。
刑法における責任能力とは
日本の刑法では、「責任能力」がなければ罪に問えないとされています。刑法第39条では、「心神喪失者の行為は、罰しない」と規定されており、心神耗弱の場合も刑を減軽される可能性があります。
責任能力とは、違法な行為を理解し、制御できる精神状態にあったかを問うもので、夢遊病の場合、この責任能力の有無が大きな争点になります。
夢遊病中の行動は「心神喪失」に該当するのか?
夢遊病による殺人が刑法上の「心神喪失」にあたるかどうかは、精神医学と法医学の専門家の意見をもとに裁判所が判断します。一般的に、夢遊病中の行動は本人の意思によらない自動行動であるとされ、責任能力が否定される可能性が高いです。
ただし、単なる「記憶がない」という主張だけでは足りず、専門医による診断や脳波検査、睡眠ポリグラフ検査などの医学的根拠が必要になります。
実例:夢遊病による殺人が争点となった裁判
世界的に有名なケースとして、1987年にカナダで男性が夢遊病状態で義理の両親を殺害した事件(R v. Parks)があります。この事件では、被告が睡眠中に車を運転し、義母を殺害したにもかかわらず、裁判所は「無意識下の行為であった」として無罪判決を下しました。
日本では極端に少ないものの、過去にてんかんや睡眠障害を原因とする刑事事件で、心神喪失や心神耗弱が認定され減刑された例もあり、夢遊病も同様の判断がなされる可能性があります。
精神鑑定と医師の意見の重要性
夢遊病による犯行があったと主張する場合、裁判所が精神鑑定を命じることが一般的です。睡眠専門医や精神科医の所見が重要な証拠となり、鑑定の結果次第で責任能力の有無が判断されます。
鑑定結果によっては「完全な心神喪失状態」とされ無罪となる場合もあれば、「部分的に判断力があった」として心神耗弱と認定され、刑が軽くなる場合もあります。
予防と家族の責任も問われる?
夢遊病による重大事件を防ぐには、家族や本人による事前の対応も重要です。医師の診断を受け、必要に応じて投薬治療や環境調整を行うことでリスクは軽減できます。
また、過去に夢遊病で暴力行為の傾向があった場合、事故や事件の予防義務を果たしていたかが争点になることもあります。安全対策の不備が認定されれば、民事責任や損害賠償に発展するケースもあります。
まとめ:夢遊病による殺人は無罪もあり得るが簡単ではない
夢遊病による殺人は、その行為が本人の意思によらない無意識下でのものであれば、刑法上「心神喪失」として無罪となる可能性があります。ただし、その判断には高度な医学的検証と法的評価が必要であり、単に「夢遊病だった」と主張するだけでは認められません。
最終的な判断は裁判所が行うものであり、個別の状況に応じて判例も分かれています。精神鑑定を含めた綿密な審理が不可欠であり、社会的にも注目されやすいテーマです。