被告が真犯人と知りつつも無罪主張は可能か?刑事弁護と倫理の境界線を判例と共に解説

刑事事件において、被告人が弁護士に自白したとしても、法廷では無罪を主張できるのか。この問いは刑事弁護の核心に迫るテーマであり、倫理・法理・実務が交錯する高度な問題です。本記事では、弁護士が真犯人と知りつつも無罪を主張することが許されるのかを、実際の判例や日本弁護士連合会のガイドラインなどをもとに丁寧に掘り下げます。

弁護士の基本的職責:適正手続と黙秘権の擁護

刑事弁護人の最も基本的な役割は、依頼人の「適正手続の保障」と「黙秘権の行使」を擁護することです。

たとえ依頼人が「自分がやった」と告白しても、裁判所において有罪を自白する義務はなく、黙秘権や無罪推定の原則を最大限に活かした弁護活動を行うことは正当な弁護活動とされています。

実務における立場:無罪主張と虚偽弁護の境界

日本弁護士連合会の「刑事弁護倫理ガイドライン」では、弁護人は被告人の意向に沿って無罪主張を行うことが許されているとされています。

ただし、事実に反する虚偽の主張(例:アリバイ偽造など)を行うことは許されず、証拠や証人に基づかない「でっち上げ」は倫理違反・懲戒対象となる可能性があります。

代表的な判例:光市母子殺害事件控訴審

この事件では、弁護団が一審での事実認定や自白調書の信用性に疑義を呈し、無罪主張ではなく「死刑回避」のための弁護を展開しましたが、裁判所が「被告が犯人であることは明白」と判断したことで倫理的な議論が広がりました。

この事件が示すのは、「事実と異なる主張ではなく、証拠に即した争点化」が弁護の鍵となるという点です。

米国との比較:自白した依頼人と弁護の限界

米国ではABA(アメリカ弁護士協会)のガイドラインにより、「被告人が自白した場合には、法廷での積極的な無罪主張は控える」とする立場があります。

ただし、日本では依頼人が真犯人と自白していても、「証拠上無罪の余地があるなら無罪主張可能」とされる傾向が強く、倫理的・法的にも認められています。

弁護士が選択できる戦略とは

このような状況では、弁護人は以下の選択肢から適切な方針を選びます。

  • 被告の希望に沿って「無罪主張」を展開(証拠との整合性を重視)
  • 量刑軽減に焦点を当てた「事実認定争わず型」の弁護
  • 自白を前提に、供述の任意性や証拠の違法性を争点化

いずれの場合も、弁護人が「嘘をつく」ことは許されませんが、無罪主張そのものは証拠に基づく限り合法であり、適正な弁護活動として保障されます

まとめ

弁護士は、被告人が「自分が犯人」と認めたとしても、状況証拠しか存在しない場合には、法廷で無罪を主張することが可能です。

それは単なる戦略ではなく、「無罪推定原則」と「適正手続の保障」という憲法的価値の実現であり、弁護活動として尊重されるべきものです。

ただし、虚偽の供述や証拠偽造といった倫理違反とは一線を画する必要がある点も忘れてはなりません。

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