公務執行妨害罪では、公務員の職務執行が適法であることが構成要件の一部として扱われます。そのため、例えば逮捕状を示されたにもかかわらず、本人がそれを確認しておらず「違法な逮捕だ」と誤信して警察官に暴行した場合、故意が認められるかが問題になります。本記事では、このようなケースが刑法総論で学ぶ事実の錯誤のどの類型に位置づけられるのかを整理します。
公務執行妨害罪における職務の適法性と錯誤の問題
刑法95条1項の公務執行妨害罪は、公務員が職務を執行する際に、暴行または脅迫を加えることで成立します。
この犯罪では、単に警察官などの公務員に暴行を加えれば成立するわけではなく、その公務員の職務執行が適法であることが必要です。
そのため、実際には適法な逮捕だったとしても、行為者が「違法な逮捕だ」と思い込んでいた場合、その認識の誤りが故意に影響するかが問題になります。
「違法な逮捕だと思った」という錯誤は事実の錯誤なのか
このケースで重要なのは、行為者が法律の解釈を間違えたのではなく、具体的な事実関係を誤って認識している点です。
例えば、警察官が逮捕状を実際には提示していたにもかかわらず、本人は見ておらず、「逮捕状もないのに逮捕しようとしている」と考えた場合、本人の認識では適法な逮捕の前提となる事実が欠けています。
つまり、「逮捕状が存在している」「警察官が適法な手続で逮捕している」という事実についての認識の誤りであり、法律そのものの評価を誤ったものではありません。そのため、事実の錯誤として扱われます。
6つの事実の錯誤の類型にはどれが当てはまるのか
刑法総論では、事実の錯誤について、具体的事実の錯誤・抽象的事実の錯誤、さらに客体の錯誤・方法の錯誤・因果関係の錯誤という分類を学びます。
しかし、公務執行妨害のこの事例は、一般的な意味での客体の錯誤、方法の錯誤、因果関係の錯誤のいずれにも直接当てはまりません。
なぜなら、この錯誤は「誰を殴ったのか」「どの方法で結果を発生させたのか」「因果関係をどう誤認したのか」という問題ではなく、公務員の職務が適法であるという構成要件事実の認識に関する錯誤だからです。
分類すると構成要件該当事実についての錯誤にあたる
このケースを整理すると、行為者は「警察官が適法な職務を行っている」という構成要件上必要な事実を認識していません。
つまり、「公務員が適法な職務を執行している」という公務執行妨害罪の構成要件事実についての錯誤です。
刑法総論で扱う6分類は、主に故意の対象となる客体や結果発生過程に関する錯誤を整理するためのものです。そのため、このような構成要件要素そのものの認識違いは、通常、それら6分類のどれかに無理に当てはめるものではありません。
法律の錯誤との違いに注意する
ここで注意が必要なのは、「違法な逮捕だと思った」という部分が、法律の錯誤になる場合もあるという点です。
例えば、「逮捕状がある場合でも警察官に抵抗してよい法律だと思っていた」というように、法律のルール自体を誤解している場合は法律の錯誤の問題になります。
一方で、「本当は逮捕状があるのに、それを確認できず、逮捕状がないと思った」という場合は、具体的事実に関する認識違いなので事実の錯誤として扱われます。
まとめ:公務執行妨害の逮捕状錯誤は6類型の典型例ではない
逮捕状を示されたにもかかわらず、それを見ていなかったため違法逮捕だと思い警察官を殴ったという事例は、公務員の職務の適法性という構成要件要素に関する事実の錯誤です。
この錯誤は、客体の錯誤・方法の錯誤・因果関係の錯誤といった6つの典型的分類のいずれかに分類するというより、構成要件該当事実の認識を欠いた場合として理解すると整理しやすくなります。
刑法の錯誤論では、まず「何について勘違いしているのか」を確認し、それが事実関係なのか法律評価なのかを区別することが重要です。