道路工事や駐車場、工事車両の出入口などでは、交通誘導警備員が車・バイク・自転車・歩行者に停止や進行の合図を出しています。しかし、警備員の合図には警察官による交通整理と同じ法的な強制力があるわけではありません。それでは、警備員が明確に「止まってください」と合図したにもかかわらず、バイクや自転車が無視して進入し、事故で負傷・死亡した場合、警備員や警備会社が責任を負うのでしょうか。結論としては、警備員の停止合図を無視した人が事故に遭ったからといって、警備会社が当然に責任を負うわけではありません。反対に「警備員には強制力がないから警備会社は絶対に無責任」ともいえません。事故原因、警備員の誘導方法、危険を予見できたか、現場の安全対策、事故当事者自身の行動などを個別に検討して責任が決まります。
交通誘導警備員の合図は警察官の交通整理とは違う
まず理解しておきたいのが、警備員による交通誘導と、警察官などによる法令上の交通整理は同じものではないという点です。警備員は民間の警備会社に所属する従業員であり、警察官のような公権力を持って道路利用者に命令しているわけではありません。
警察庁の資料でも、「警察官等による交通整理」と「交通誘導員による誘導」は区別して扱われています。交通誘導警備員は工事現場などで事故の発生を警戒し、安全な通行を促す役割を担いますが、その合図そのものが信号機や警察官の手信号と同じ法的効力を持つわけではありません。[参照]
したがって、一般論として警備員が出した停止合図を無視したという事実だけを理由に、「警備員の指示違反」という独立した道路交通法違反が成立するわけではありません。
強制力がなくてもバイクや自転車が自由に無視してよいわけではない
「法的強制力がない」と「無視して危険な進行をしても責任がない」は全く別の話です。道路利用者には、道路状況や周囲の交通を確認し、安全に通行する義務があります。
例えば道路工事のため片側交互通行になっており、前方に大型車が迫っていることを知らせるため警備員が明確に停止合図をしているとします。その警備員を見ながらバイクが強引に進入し、対向車と衝突した場合、「警備員に強制力がなかった」というだけでバイク側の安全確認義務までなくなるわけではありません。
警備員の存在、停止合図、工事現場の状況などは、運転者が危険を認識するための重要な事情になります。事故時には「停止合図に法的強制力があったか」だけではなく、その状況で進行すること自体が安全だったかが問われます。
停止合図を無視した人の行動が原因なら警備会社が当然に賠償するわけではない
民事上の損害賠償責任では、基本的に「過失があったか」と「その過失によって事故が発生したか」という因果関係が重要になります。民法709条は、故意または過失によって他人の権利・利益を侵害した者に損害賠償責任を負わせる仕組みです。交通事故の責任についても裁判所は民法709条などを責任原因として説明しています。[参照]
警備員が適切な位置で、十分に早いタイミングから、誰が見ても分かる方法で停止合図を出しており、それを認識したバイク・自転車が独自の判断で突破して事故になった場合、警備員側に過失が認められない可能性があります。
例えば警備員が赤色誘導灯を使って数十メートル手前から停止を求め、ほかの車はすべて停止しているのに、1台のバイクだけが列を追い越して工事区間へ進入したケースでは、事故原因としてバイク側の行動が大きく評価されることが考えられます。警備会社が「そこに警備員を配置していた」というだけで事故の全責任を負うものではありません。
ただし警備員の誘導に過失があれば警備会社が責任を負う可能性がある
一方、警備員に強制力がないことは、警備業務そのものについて注意義務を負わないことを意味しません。交通誘導を業務として行う以上、現場の危険を把握し、事故防止のため合理的な誘導を行うことが求められます。
例えば、見通しの悪い工事区間なのに対向する双方へ同時に進行合図を出した、停止位置が危険な場所だった、合図が著しく不明確だった、通行人から見えない位置で誘導していた、危険な状態を認識しながら適切な措置を取らなかった、といった事情があれば警備員側の過失が問題になる可能性があります。
実際の裁判例でも、警備会社側の安全管理上の注意義務違反が認定され、会社の使用者責任が問題となった事例があります。明石市の花火大会歩道橋事故に関する民事裁判では、警備側が異常な混雑を認識しながら具体的な混雑解消措置を取らなかったことなどを理由として、警備会社について民法715条の責任が認められました。[参照]
警備員個人ではなく警備会社にも「使用者責任」が生じることがある
警備員が仕事中に過失によって第三者へ損害を与えた場合、問題になるのが民法715条の使用者責任です。
大阪地方裁判所も交通事件の説明において、民法715条1項について「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」と紹介しています。[参照]
そのため、交通誘導中の警備員に過失があり、その過失が事故につながったと認定されれば、警備員本人だけでなく警備会社が損害賠償責任を負う可能性があります。逆に、警備員が必要な安全措置を適切に実施していたなら、事故が起きたという結果だけから会社の責任が決まるわけではありません。
警備員と道路利用者の双方に落ち度があれば過失割合の問題になる
現実の事故では、「警備員が100%悪い」「バイクが100%悪い」ときれいに分かれないことも少なくありません。
例えば警備員は停止合図を出していたものの、合図を始めるタイミングが遅かったとします。一方でバイク側も工事現場を認識しながら速度を落とさず進入したのであれば、双方の行動が事故発生に影響している可能性があります。
この場合には被害者側にも過失があるとして、民法上の過失相殺によって損害賠償額が減額されることがあります。停止合図を無視したという事情は、この過失割合を判断するときの一つの重要な事情になり得ます。
「止まれを無視された」という事実を客観的に残すことが重要
交通誘導を担当する警備員にとって実務上重要なのは、「自分は停止させようとした」と後から口頭で説明するだけでなく、できる限り客観的に確認できる状況を作ることです。
例えば現場のドライブレコーダー、防犯カメラ、工事現場の記録映像、ほかの警備員や作業員の目撃証言などがあれば、「どの位置で」「どの時点から」「どのような停止合図を出したか」「相手がどのように進入したか」を確認しやすくなります。
事故が重大であるほど、数秒間の誘導状況が責任判断を左右する可能性があります。警備員個人が無断で撮影設備を設置するという意味ではなく、会社として現場記録・事故報告の方法を整備しておくことが重要です。
無視するバイクや自転車を身体で止めようとするのは危険
停止合図を無視する車両を見ると、警備員としては何としてでも止めなければならないと感じるかもしれません。しかし、走行するバイクや自転車の前へ身体を出して物理的に止めようとすると、警備員自身が死傷する危険があります。
交通誘導警備業務では、警備員自身の安全を確保しながら誘導することも不可欠です。警察庁が定める交通誘導警備業務検定の出題基準でも、道路交通法その他の関係法令、安全確保に関する専門的知識が求められています。[参照]
停止を無視して進行する車両が頻発する現場なら、一人の警備員が身体を張って対処するのではなく、警備会社・現場責任者へ報告して配置人数、立ち位置、予告看板、カラーコーン、車線規制方法などを見直すべき問題です。
危険な無視が繰り返される現場では警察との連携が必要になることもある
警備員の誘導だけでは安全を確保できないほど危険な場所では、工事発注者、道路管理者、警備会社、警察などによる対策が必要になる場合があります。
道路上の工事などでは道路使用許可が関係することがあり、警察庁は道路使用許可について、許可条件に従うことで交通の妨害となるおそれをなくすことなどを基準として示しています。[参照]
特に「バイクが毎日のように停止車列を追い越す」「自転車が歩道側から規制区間へ高速で入ってくる」など予見可能な危険が繰り返されている場合、それを把握したまま何の対策も取らないことは安全管理上の問題になり得ます。現場の個人判断だけで抱え込まず、必ず会社・現場責任者へ共有することが重要です。
死亡事故になっても「結果が重大だから警備会社が責任を負う」とは限らない
事故によって死亡という重大な結果が生じたとしても、それだけで警備会社の法的責任が決まるわけではありません。
民事責任では、警備員側にどのような注意義務があり、それに違反したか、その違反と死亡結果との間に因果関係があるかなどが検討されます。事故を起こした道路利用者自身やほかの車両にも過失があれば、それぞれの責任も検討されます。
反対に、重大事故の危険を具体的に予見できたのに必要な規制・誘導をしなかった場合には、警備側の責任が重く評価されることがあります。明石市の歩道橋事故では、警備会社側の注意義務違反について民事責任が認定され、刑事事件でも警備関係者の過失が問題になりました。[参照]
まとめ:停止合図を無視した事故でも警備会社の責任は「原因と過失」で決まる
交通誘導警備員の「止まってください」という合図には、警察官の交通整理と同じ法的強制力はありません。したがって、警備員の停止合図を無視しただけで直ちに「警備員の命令違反」という道路交通法違反になるわけではありません。
しかし、バイク・自転車・自動車などの道路利用者には自ら周囲を確認して安全に通行する責任があります。工事現場があり、警備員が明確に停止を求めていることを認識しながら危険な区間へ勝手に進入して事故を起こしたのであれば、その行動は事故原因や過失割合を判断するときに重要な事情になります。
警備員が十分に早い段階から明確な停止合図を出し、安全な配置・誘導をしていたにもかかわらず、相手がそれを無視して事故になったのであれば、事故が発生したという結果だけで警備会社が賠償責任を負うとは限りません。
一方、警備員が誤った進行合図を出した、死角を放置した、危険を認識しながら必要な措置を取らなかったなどの過失があり、それが事故につながった場合には、警備員本人だけでなく民法715条の使用者責任により警備会社が賠償責任を負う可能性があります。[参照]
つまり重要なのは「警備員に強制力があるかないか」だけではなく、警備員が事故防止のために必要な誘導を適切に行っていたか、相手がその合図を認識できたか、それでも危険な進行をしたのか、事故を予見して追加対策を取る必要があったかという具体的な事実です。停止無視が頻発する現場では、警備員個人が身体を張って止めようとするのではなく、現場責任者や警備会社へ報告し、配置・規制方法そのものを改善することが最も重要な事故防止策になります。