飲酒運転や危険運転、暴走運転などによって家族を亡くした交通事故被害者遺族が、中学校・高校、交通安全イベント、運転者講習などで体験を語る活動があります。こうした講演を見聞きすると、「無償のボランティアなのか」「学校や警察から講演料が支払われているのか」と疑問に思うことがあります。
結論からいうと、交通事故遺族による講演がすべて無償ボランティアというわけではありません。公的な事業として行われる講演では、主催する警察、自治体、被害者支援センターなどの制度により、講師謝金や交通費が支払われる例が実際にあります。一方、遺族や被害者団体が自主的に行う啓発活動などでは、無償または交通費のみという場合もあります。
つまり、「交通事故遺族の語り部=完全なボランティア」「講演をする遺族=必ず講演料を受け取っている」のどちらも正確ではありません。誰が主催し、どの制度で講師を依頼しているのかによって扱いが変わります。
交通事故遺族が学校で講演する公的な取り組みがある
警察では、犯罪や交通事故の被害者・遺族が自らの体験を児童・生徒へ伝える「命の大切さを学ぶ教室」などの取り組みを全国で行っています。
警察庁の犯罪被害者白書によると、警察は交通事故被害者等の実態や交通事故の悲惨さについて理解を深めてもらうため、交通安全の集いなどで交通事故被害者等による講演を実施しています。令和5年中には、交通事故被害者等による講演会等が全国で405回開催されています。[参照] 警察庁「令和6年版犯罪被害者白書」
また、警察庁が紹介する交通事故被害者遺族の自助グループでも、中学生・高校生を対象とする「命の大切さを学ぶ教室」など、交通事故防止と命の大切さを訴える活動が行われています。[参照] 警察庁「交通事故被害者遺族自助グループ」
公的事業では実際に「講師謝金」が支払われる例がある
学校で開催される遺族講演については、公的な制度の中で講師への謝金を用意している例があります。
公益社団法人島根被害者サポートセンターが実施する「命の大切さを学ぶ教室」では、センターが行う業務として、開催校や講師の選定、事前打ち合わせ、講師の送迎などとともに、「講師謝金、旅費の支払い」が明記されています。[参照] 島根被害者サポートセンター「命の大切さを学ぶ教室」
宮崎県でも、2026年度の「命の大切さを学ぶ教室」について、事件・事故で家族を亡くした遺族が講師を務め、講師への旅費・謝金の手続をみやざき被害者支援センターが行うと案内されています。学校側の費用負担は一切ないと明記されています。[参照] みやざき被害者支援センター「令和8年度 命の大切さを学ぶ教室」
このように、学校が講演者本人へ直接現金を渡していなくても、警察や県、被害者支援センターなどの事業予算から謝金が支払われているケースがあります。
学校が無料で講演を受けても、講師が無償とは限らない
ここは特に誤解されやすい点です。学校の案内に「無料」「学校側の負担なし」と書かれている場合でも、それだけで講演者が無償で話しているとは判断できません。
例えば宮崎県の制度では学校側の費用負担はありませんが、講師の旅費・謝金は被害者支援センターが手続きを行います。つまり学校から見ると無料でも、講演者側には公費などを原資とした謝金が支払われる仕組みです。
鳥取県の人権学習講師派遣事業でも、「命の大切さを学ぶ教室」を含む学習会について、講師謝金や旅費などは県が負担し、原則として学校負担はないと案内されています。[参照] 鳥取県「人権学習講師派遣事業」
自治体の予算にも「命の大切さを学ぶ教室 講師謝金」が計上されている
講師謝金が単なる慣習ではなく、公的予算として用意されていることを確認できる自治体もあります。
岐阜県が公表している2026年度当初予算要求資料では、犯罪被害者支援に関する事業費の内訳として、「命の大切さを学ぶ教室」の講師謝金などが計上されています。[参照] 岐阜県「令和8年度当初予算要求資料」
したがって、「遺族が学校で話すのは全部善意の無償奉仕なのだろう」と考える必要はありません。公的な啓発活動として正式に講師を依頼し、その活動に対する謝礼を予算から支払う仕組みが存在しています。
一方で、公表されている予算資料が事業全体の金額だけを示している場合もあり、個々の講演者に1回いくら支給されるのかまでは公開されていないことがあります。
では1回の講演料はいくらくらいなのか
交通事故遺族の学校講演について、全国一律で「1回○万円」という統一料金が設定されているわけではありません。今回確認できた警察、自治体、被害者支援センターの公表資料でも、謝金が支払われることは確認できますが、個々の講師の具体的な支給額まで公開していない例が多くあります。
金額は、主催者の謝金規程、講演時間、交通費、講師との距離、事業の予算、依頼形態などによって異なると考えるのが適切です。
また「講演料」として一括で支払われる場合だけでなく、「講師謝金」と「旅費」を分ける制度もあります。そのため、外部から見ただけで実際の受取額を判断することはできません。
「謝金」は著名人の高額な講演料とは意味合いが違うこともある
一般に「講演料」と聞くと、著名人や専門家がイベントへ出演して数十万円以上を受け取るようなイメージを持つことがあります。しかし、行政や学校の事業で使われる「講師謝金」は、そのような商業的な出演料と必ずしも同じ性質ではありません。
公的事業の謝金は、講演準備や拘束時間、移動などに対する一定の謝礼として、主催者の規程に基づいて支払われることがあります。交通費についても別途実費や規定額が支払われる場合があります。
そのため、遺族が謝金を受け取っているからといって、それだけで「事故の体験を商売にしている」と評価するのは適切ではありません。公的な啓発事業の講師として正式に依頼され、その役割に対する謝礼が設定されている場合があるからです。
一方で完全なボランティアとして活動するケースもある
交通事故被害者や遺族の活動は、公的な学校講演だけではありません。被害者・遺族による自助グループや交通安全団体が、自ら街頭活動、署名活動、啓発イベント、講演などを行っている例もあります。
こうした自主活動では、講演先や団体との取り決めによって、無償で講演することもあれば、交通費だけを受け取ることもあり、一定の謝礼を受ける場合もあります。
警察庁が紹介する「北海道交通事故被害者の会」なども、交通死傷被害ゼロを目指したフォーラムや講演など幅広い活動を行っています。団体の活動すべてについて同一の報酬方式が採用されているわけではないため、個別の講演が有償か無償かは主催者へ確認しなければ分かりません。[参照] 警察庁「北海道交通事故被害者の会」
交通事故遺族はどのような内容を学校で話しているのか
遺族講演では、事故当日の出来事だけを説明するのではなく、家族を突然失った後の生活、裁判、周囲との関係、事故を起こさないために伝えたいことなどが語られることがあります。
北海道警察が公開している「命の大切さを学ぶ教室」の講師紹介でも、交通事故で家族を亡くした遺族が、「尊い犠牲を無にしてはならない」という思いから、交通事故根絶や被害者支援の必要性を訴えて各地で講演していることが紹介されています。[参照] 北海道警察「命の大切さを学ぶ教室 講師紹介」
実際に飲酒運転によるひき逃げ事故で家族を亡くした遺族が高校で講演した事例もあり、事故後の家族の苦しみや交通法規を守る重要性などが生徒へ伝えられています。
講演すること自体が遺族にとって大きな負担になる
遺族講演では、家族が亡くなった事故について何度も振り返り、多くの人の前で話すことになります。そのため、単純に「1時間話をする仕事」と考えることはできません。
警察庁は、被害者・遺族による講演を開催するときの留意事項として、家族の突然の死などの経験を話すことは精神的負担が大きいことを挙げています。そのため、主催者との事前打ち合わせ、講演者への付き添い、講演後の精神的なケアなどを行うよう努めているとしています。[参照] 警察庁「犯罪被害者等による講演」
警察庁が公表した被害者支援担当職員の手記にも、普段は笑顔で話していた遺族が講演になると涙を流しながら、家族を失った苦しみを語っていたことが記されています。講師謝金の有無とは別に、遺族にとって心理的な負荷を伴う活動であることは理解しておく必要があります。[参照] 警察庁「令和4年版犯罪被害者白書」
講演の依頼者は学校だけとは限らない
交通事故遺族の講演というと、学校が直接遺族を探して依頼しているように見えることがあります。しかし実際には、警察、自治体、公益社団法人の被害者支援センターなどが講師との間に入る仕組みもあります。
例えば宮崎県の「命の大切さを学ぶ教室」では、学校と講師の日程調整や旅費・謝金の手続を被害者支援センターが担当します。島根県でも、被害者サポートセンターが開催校・講師の選定から謝金・旅費の支払いまで行っています。
そのため、学校側の教員が講師へ直接「講演料はいくらですか」と交渉しているとは限りません。公的事業として講師派遣の仕組みがあらかじめ用意されているケースがあります。
有償か無償かを知りたいなら主催事業を確認する
ある特定の遺族講演について「この方はお金を受け取っているのだろうか」と知りたい場合、講演者本人を推測するより、学校の開催案内や主催者の事業概要を見るほうが確実です。
例えば「○○県警 命の大切さを学ぶ教室」「○○県 被害者支援 講師派遣」などの事業名が記載されていれば、その実施要領や予算資料に「講師謝金」「旅費」などの記載がある場合があります。
ただし、個人に実際いくら支払われたかは個人情報や契約情報に関係する場合もあり、必ず一般公開されているとは限りません。
謝金を受け取ることと活動の公益性は矛盾しない
交通事故遺族が謝金を受け取って講演していると聞くと、「ボランティアではないのか」と感じる人もいるかもしれません。しかし、無償であることと公益的な活動であることは別の問題です。
例えば学校が医師、弁護士、大学教授、防災専門家などを外部講師として招く場合にも、一定の講師謝金や交通費を支給することがあります。同じように、遺族に講師として時間を確保してもらい、自らの経験を話してもらう際に謝金を支払うことは特別なことではありません。
特に交通事故遺族の講演は、自身にとって非常につらい経験を繰り返し語る活動でもあります。公的事業として謝金や旅費を用意することは、講師に活動費をすべて自己負担させないための仕組みとも考えられます。
まとめ|交通事故遺族の語り部は「無償の場合も謝金が出る場合もある」
飲酒運転や危険運転などで家族を亡くした遺族が学校等で行う講演は、すべてが完全な無償ボランティアというわけではありません。警察や自治体、被害者支援センターなどが実施する公的な事業では、講師謝金や旅費が支払われる例が実際に確認できます。
島根被害者サポートセンターは「命の大切さを学ぶ教室」の講師謝金・旅費を支払うことを明記しており、宮崎県の2026年度事業でも、講師への旅費・謝金の手続を被害者支援センターが担当すると案内しています。[参照] 島根被害者サポートセンター [参照] みやざき被害者支援センター
また、岐阜県の予算資料にも「命の大切さを学ぶ教室」の講師謝金が計上されています。このことからも、公的な遺族講演に謝金を支給する制度が存在することは明らかです。[参照] 岐阜県
一方、自助グループや遺族個人による自主的な啓発活動では、無償、交通費のみ、一定の謝礼ありなど条件はさまざまです。また、全国一律の講演料が決められているわけでもありません。
したがって最も正確な理解は、「交通事故遺族の語り部にはボランティア活動もあるが、公的な学校講演では講師謝金や旅費が支給される制度も少なくない」というものです。学校側の参加費や負担がゼロであっても、自治体・警察・被害者支援団体の事業費から講師へ謝金が支払われている場合があります。
※本記事は2026年8月30日時点の警察庁、都道府県、公安委員会指定の被害者支援団体等の公開情報をもとに、交通事故被害者・遺族による講演活動の一般的な仕組みを解説しています。実際の謝金額や旅費、無償・有償の別は主催者、講演者、事業によって異なります。個別の講演について確認する場合は、開催した学校・自治体・警察・被害者支援団体等の事業案内をご確認ください。