三菱商事と北商の「カズノコ倒産」とは?買い占め・価格高騰・消費者の買い控えから転売のリスクを解説

「大量に買い占めれば品薄になり、高値でも売れる」。こうした発想が、消費者の「それなら買わない」という行動によって崩れることがあります。その歴史的な事例として知られているのが、1979年末から1980年にかけて大きな社会問題となった、いわゆる「カズノコ倒産」です。水産商社の北商がカズノコを大量に抱え、高騰した価格に消費者が反応して買い控えた結果、北商は1980年1月に倒産しました。三菱商事も北商との取引を通じて深く関係し、当時大きな批判を受けています。現代の「転売ヤー」と完全に同じ仕組みではありませんが、「需要を読み違えて大量在庫を抱えると、価格を維持できず大きな損失につながる」という点では、転売にも通じる非常に分かりやすい事例です。この記事では、カズノコ倒産で実際に何が起きたのか、三菱商事と北商はどのような関係だったのか、そして現代の転売と何が同じで何が違うのかを整理します。

「カズノコ倒産」とは何だったのか

カズノコ倒産とは、1979年末のカズノコ取引で大量の在庫を抱えた水産商社「北商」が経営難となり、1980年1月31日に倒産した出来事を指します。

当時の状況について、ニチレイの社史では1979年について「北商・三菱商事が思惑取引で失敗し、高値のカズノコ原卵・製品が大量に越年」と記録され、1980年1月31日に北商がカズノコの思惑取引に失敗して倒産、負債400億円と記録されています。[参照:ニチレイ75年史]

また警察庁の「昭和56年 警察白書」でも、北商について「カズノコの思惑買いによる大量在庫を抱えたため経営難に陥り、倒産が目前に迫った」と記録されています。さらに同社社長による約15億5,000万円の横領事件も取り上げられています。[参照:警察庁「昭和56年 警察白書」]

カズノコはどれくらい高くなっていたのか

当時の国会審議には、カズノコ価格がどれほど上昇していたのかを示す具体的な数字が残っています。

1980年2月20日の衆議院農林水産委員会では、1978年5月ごろに特大品で1kgあたり6,300円だったカズノコが、1978年12月には7,500円、1979年4月には9,700円、同年9月には1万800円となり、1979年11月の大阪市場では卸値が1kgあたり1万3,800~2万円、小売価格では2万~2万5,000円に達したとの指摘があります。[参照:国会会議録・第91回国会 衆議院農林水産委員会]

当時の物価水準まで考えると、正月用の食品としてはかなり高額です。いくら縁起物として定着していたカズノコでも、消費者には「この値段なら買わなくてもいい」という選択肢がありました。

最大の誤算は「消費者が買わなかった」こと

商品の供給量を押さえれば価格が上がります。しかし価格が上がったからといって、消費者が必ずその値段で買うとは限りません。ここがカズノコ取引の大きな落とし穴でした。

カズノコは正月の代表的な食品ではありますが、米、水、電気などのように生活上どうしても必要なものではありません。高すぎれば「今年はカズノコなしでいい」「別のおせち料理を買おう」と消費者が代替できます。

実際、1980年2月の国会審議でも、高額になったカズノコについて消費者の不買・買い控えが起きたことが取り上げられています。価格を上げることには成功しても、その価格で最終消費者が買ってくれなければ商売としては成立しません。

三菱商事の「子会社が買い占めた」と言い切っていい?

ここは少し注意が必要です。現在ネット上では「三菱商事の子会社・北商がカズノコを買い占めた」と単純化して紹介されることがありますが、当時の両社の関係や責任を説明する場合は、単純に現在の意味での「連結子会社による事件」と表現するより、三菱商事と密接な取引関係にあった水産商社・北商と説明する方が慎重です。

アジア経済研究所が公開する資料では、北商を「水産商社」としたうえで、カズノコ取引で高値による買い占めの行き過ぎから倒産し、取引関係にあった三菱商事も「共謀」していたとして当時マスコミから強い批判を受けた経緯が紹介されています。[参照:アジア経済研究所「日本の経験」]

同資料によると、三菱商事は事情説明を行う一方、社長声明で加工業者への供給責任を重視した結果、「市場価格原理をこえ、最終消費者への配慮が欠けていた」ことを認めています。したがって、北商だけの出来事として切り離して理解するのも適切ではありません。

北商が倒産した理由は「消費者が買わなかった」だけではない

「高値に怒った消費者がカズノコを買わず、買い占めた会社を倒産させた」というストーリーは非常に分かりやすいのですが、実際の企業倒産はもう少し複雑です。

北商はカズノコを高値で大量に仕入れ、売れない在庫を抱えることによって資金繰りが悪化しました。つまり「売れなかった」という需要側の問題だけではなく、高値での大量仕入れ、在庫リスク、資金調達、手形決済などが組み合わさって経営が行き詰まっています。

警察庁の白書も「カズノコの思惑買いによる大量在庫を抱えたため経営難に陥り」と説明しています。買い控えは非常に重要な引き金ですが、それだけを唯一の倒産原因と考えない方が正確です。

なぜ大量在庫はそれほど危険なのか

大量の商品を抱える商売には「在庫リスク」があります。例えば1万円で100個仕入れた商品なら仕入れ総額は100万円です。これを1万5,000円で全部販売できれば、単純計算では売上150万円となります。

しかし「1万5,000円なら売れる」という予想が外れ、実際には8,000円まで値下げしなければ売れなくなったとします。全部売っても80万円なので、仕入れ価格だけで20万円の損失です。保管料、金利、人件費などを考えれば損失はさらに増えます。

さらに「価格が戻るまで売らない」と粘れば、その間も資金が在庫として固定されます。借入金や手形の支払期限が来れば、帳簿上は大量の商品を持っていても現金が足りず、経営が行き詰まる可能性があります。北商の事例を理解するうえで、この在庫と資金繰りの関係は重要です。

これは現代の「転売ヤーの破滅」と同じなのか

似ている部分はかなりあります。ただし、当時の総合商社・水産商社による国際的な仕入れ・加工・流通取引と、個人が人気商品を小売店から購入してフリマサイトなどで再販売する現代の「転売ヤー」は、事業規模も流通上の役割も異なります。そのため完全に同じものとして扱うのは正確ではありません。

一方、経済的なリスクには共通点があります。どちらも「将来もっと高く売れる」と予想して商品を大量に確保する場合、その予想が外れれば在庫を抱えます。

比較項目 カズノコ取引 現代の投機的な転売
利益の前提 高値で販売できる 定価以上で販売できる
必要なもの 仕入れ資金・在庫 購入資金・在庫
最大のリスク 消費者の買い控え・相場下落 需要低下・再販・供給増加・相場下落
売れない場合 大量在庫と資金繰り悪化 在庫と含み損を抱える
値下げした場合 仕入れ価格を下回る可能性 定価・仕入れ価格割れの可能性

したがって「転売ヤーの破滅」と表現したくなる構図は理解できますが、経済的には需要を過信した投機的な在庫取引が失敗した例と表現する方が本質を捉えています。

転売価格は「転売ヤーが決めれば成立する」わけではない

転売についてよくある誤解が、「商品を買い占めれば好きな価格を付けられる」というものです。確かに出品価格そのものは自由に設定できます。しかし、その価格で取引が成立するかは買い手が決めます。

例えば定価1万円の商品を20個購入し、1個3万円で出品したとします。品薄状態で20個すべて売れれば大きな利益になります。しかしメーカーが追加生産して定価で普通に買えるようになれば、3万円で買う理由がなくなります。

転売相場が8,000円まで下落すれば、20個を売り切っても16万円です。仕入れ総額20万円に対して4万円の赤字となり、さらに販売手数料や送料がかかります。「高値を付けること」と「高値で売れること」はまったく別なのです。

買い占めても供給が増えれば価格は崩れる

現代の転売では、メーカーによる増産・再販も大きなリスクです。発売直後に品薄だった商品でも、「追加生産します」「受注生産にします」と発表されれば、高額転売品を急いで買う必要性が下がります。

さらに代替商品が登場することもあります。消費者が「その商品でなければ絶対に困る」と考えていなければ、価格が上がるほど別の商品へ移ります。

カズノコでも基本原理は同じでした。正月用品として人気があっても、価格が許容範囲を超えれば消費者は買わないという選択ができます。需要には限界があります。

「消費者が買わない」は市場では非常に強い

売り手がどれほど大量の商品を確保していても、最終的に購入する人がいなければ売上にはなりません。この単純な事実が、投機的な買い占めにとって最大のリスクになります。

例えば限定商品が「絶対にプレミア化する」と予想されても、消費者の多くが「定価なら欲しいけれど2倍ならいらない」と判断すれば、高額な二次流通価格は維持できません。

もちろん一部の商品では希少性が長期間維持され、価格が上昇するケースもあります。そのため「買わなければ必ず転売価格が暴落する」とまでは言えません。しかし、転売価格が成立するためには、その価格でも買う人が存在し続ける必要があることは変わりません。

カズノコ事件から分かる「必需品」と「ぜいたく品」の違い

価格を考えるうえでは、その商品を消費者がどれほど必要としているかも重要です。生活に不可欠な商品は、価格が上昇しても購入量を簡単にはゼロにできません。

一方、カズノコのような季節の食品、趣味の商品、コレクター商品などは、「高すぎるなら今回はやめる」という判断が比較的容易です。

つまり希少だからといって、価格を無限に上げられるわけではありません。ある価格を超えると需要が急速に減少することがあります。1979年末のカズノコは、その現象を非常に分かりやすく示した事例といえます。

「買い占め=必ず儲かる」が危険な理由

買い占めによって一時的に市場の流通量が減れば、価格が上昇する場合があります。しかし、それだけでは利益は確定していません。購入した商品を実際に売って初めて利益になります。

100万円分の商品を買って市場価格が一時的に150万円相当になったとしても、誰も150万円で買わなければ利益ではありません。値下がりして最終的に70万円でしか売れなければ30万円の損失です。

このため投機的な大量仕入れでは、価格上昇よりも「誰に、いつ、いくらで、どれだけ売れるのか」という出口の方が重要になります。北商のカズノコ取引は、出口となる最終消費者の需要を読み違えたと理解すると分かりやすいでしょう。

北商の倒産は当時の国会でも取り上げられた

カズノコ問題は一企業の経営失敗として終わらず、国会でも議論されました。1980年2月20日の衆議院農林水産委員会では、異常なカズノコ価格と消費者の買い控え、商社・水産会社の取引、行政による監視などについて議論されています。[参照:国会会議録検索システム]

議員からは、異常な高値となったカズノコを消費者が買わなくなったことについて「消費者の不買運動が功を奏した」とする趣旨の指摘も行われています。

この国会記録は、「消費者が高すぎるカズノコを買わなかった」という話が後世に作られた都市伝説ではなく、当時すでに政治の場で問題として取り上げられていたことを確認できる重要な一次資料です。

「消費者が転売ヤーを倒産させた」と単純化しないことも重要

カズノコ倒産を現代風に説明すると、「大量に買い占めて高く売ろうとしたら、消費者に買ってもらえず在庫を抱えて破綻した」という非常に分かりやすい話になります。その意味では「転売ヤーが在庫を抱えて爆死する」現象に似ています。

ただし北商は個人転売業者ではなく、水産物を扱う企業でした。また輸入、加工、卸売、資金調達などを含む大規模な商取引であり、現在のフリマサイトにおける転売とは市場構造が異なります。

さらに北商の経営問題にはカズノコ在庫以外の事情も存在します。したがって歴史的事実を説明するときは、「昔の転売ヤーが消費者に成敗された」と断定するより、現代の投機的転売にも共通する市場リスクを示した事件と位置付ける方が正確です。

カズノコ倒産から現代の転売について学べること

約半世紀前の出来事ですが、市場の基本原理は現在にも通じます。特に重要なのは、希少性だけでは価格を永遠に維持できないことです。

  • 大量に買えば必ず高値で売れるわけではない
  • 消費者には「買わない」という選択肢がある
  • 高くなりすぎると代替商品へ需要が移る
  • 追加供給があれば品薄状態が解消する
  • 大量在庫には保管費・金利・資金拘束などのコストがある
  • 相場が下落すると値下げしても売り切れない場合がある
  • 売却できるまで利益は確定しない

特に転売目的で借金やクレジットカードを利用して大量購入すると、相場が下落したときに商品の含み損だけでなく支払い期限もやってきます。規模は違っても、「在庫は資産であると同時にリスクでもある」という点は北商のケースと共通しています。

まとめ:カズノコ倒産は「高値でも消費者は買う」という予想が崩れた象徴的事件

1979年末から1980年にかけて起きた「カズノコ倒産」は実際にあった出来事です。ニチレイの社史には、北商・三菱商事がカズノコの思惑取引に失敗し、高値の原卵・製品を大量に越年したこと、そして1980年1月31日に北商が倒産したことが記録されています。[参照:ニチレイ75年史]

当時の国会記録によれば、カズノコは小売価格で1kgあたり2万~2万5,000円という高値に達し、消費者の買い控えが起こりました。警察庁も北商について「カズノコの思惑買いによる大量在庫」を抱えて経営難に陥ったと記録しています。[参照:警察庁「昭和56年 警察白書」]

一方、「三菱商事の子会社が単独で買い占めて価格をつり上げた」とだけ説明すると、両社の関係や当時の取引実態を単純化しすぎます。北商と三菱商事はカズノコ取引をめぐって密接な関係にあり、三菱商事自身も当時強い社会的批判を受け、最終消費者への配慮が欠けていたことを社長声明で認めたとする資料が残っています。[参照:アジア経済研究所]

現代の転売ヤーと完全に同じではありませんが、「品薄にすれば高値でも売れる」と需要を過信し、大量在庫を抱えたところで消費者が買わなくなり、相場下落と資金繰り悪化に直面するという構造には明確な共通点があります。

カズノコ倒産から得られる最大の教訓は、売り手が価格を提示できても、最終的にその価格を受け入れるかどうかは消費者が決めるということです。「高くても絶対に買うだろう」という予想が外れれば、希少品の大量在庫は一転して大きな負担になります。約半世紀前のカズノコ事件は、需要を無視した投機的な買い占めが抱えるリスクを現在にも伝える象徴的な事例といえるでしょう。

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