初代PlayStationをめぐって、ソニー・コンピュータエンタテインメント(当時)が公正取引委員会から独占禁止法上の問題を指摘された有名な事件があります。この事件は「悪質な転売ヤーを禁止したため違法になった」という単純な話ではありません。
実際に問題となったのは、PlayStation用ゲームソフトなどの流通について、小売業者に値引き販売をさせないこと、中古品を取り扱わせないこと、取引先以外への横流しをさせないことなどを組み合わせた販売政策でした。
ポイントは、現在問題になっている新品の高額転売対策と、一般消費者が一度購入したゲームソフトを中古品として売買する市場をメーカーが流通業者への圧力によって制限することは、法律上まったく同じ問題ではないということです。
ソニーが「逮捕された」という事件ではない
まず整理しておきたいのは、この件を「ソニーが独占禁止法違反で捕まった」と表現するのは正確ではないことです。問題となったのは株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント、現在のソニー・インタラクティブエンタテインメントにつながる会社のPlayStation事業における流通政策です。
公正取引委員会は1996年5月に立入検査を実施し、1998年1月に排除勧告を行いました。その後審判手続が行われ、2001年8月1日に審決が出ています。刑事事件として経営者が「逮捕された」という意味の事件ではありません。
公正取引委員会が公開している審決資料には、PlayStation用ソフトについて希望小売価格で販売させていた行為や、中古品取扱い禁止などの販売方針について詳細な認定があります。[参照:公正取引委員会 ソニー・コンピュータエンタテインメントに対する審決]
最大のポイントは小売店の販売価格をメーカー側が拘束したこと
独占禁止法を理解するうえで重要なのが「再販売価格の拘束」です。メーカーが商品を小売店へ販売した後、その小売店が消費者へいくらで販売するかは、原則として小売店自身が決めるものです。
メーカーが単に「メーカー希望小売価格5,800円」と提示すること自体が直ちに違法になるわけではありません。しかし、「5,800円で売ってください」という希望を超えて、値引きした販売店へ値引きをやめるよう要求し、従わなければ商品供給などで不利益を与えるような方法で実質的に価格を拘束すると、独占禁止法上の問題になります。
公正取引委員会の審決では、PlayStation製品について値引き販売を行う小売業者に是正を求め、場合によっては出荷制限などの制裁措置に言及して販売方針を守らせていたことが認定されています。再販売価格の拘束は原則として公正競争を阻害する違法な行為と判断されました。
現在でも公正取引委員会は、事業者が小売業者等に販売価格を指示して守らせる再販売価格維持行為について、原則として独占禁止法上違法になると説明しています。[参照:公正取引委員会 流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針]
中古ゲームの取扱い禁止も問題になった
この事件では、中古PlayStation製品を販売店に取り扱わせない方針も重要な争点でした。審決資料によると、当時すでに消費者が遊び終わったゲームソフトを店舗へ売却し、店舗が中古ゲームとして再販売する市場が存在していました。
ソニー・コンピュータエンタテインメント側には、中古ゲームが新品ゲームの販売本数へ影響し、ソフトメーカーや新品販売業者の利益を損ない、ゲーム開発にも悪影響を与えるという問題意識がありました。つまり、単純に「転売屋を困らせたい」という理由で行われていたわけではありません。
しかし審決では、値引き販売禁止、中古品取扱い禁止、横流し禁止という販売方針が関連して実施されていたことが認定されています。中古品取扱い禁止については、新品の再販売価格を拘束する行為の実効性を補強するものとして機能していたと判断され、その点で再販売価格の拘束行為に包含されるとされました。
「転売ヤー」と中古ゲーム販売は分けて考える必要がある
ここは現在の感覚では特に混同しやすいところです。発売直後の商品を大量購入し、品薄を利用して定価を大幅に超える価格で販売する、いわゆる「転売ヤー」の問題と、購入者が遊び終えたゲームを中古ショップへ売却し、別の消費者が中古価格で購入する行為は同じではありません。
例えば、発売日に5,000円で買ったゲームを遊び終え、数か月後に中古ショップへ2,000円で売り、そのショップが3,000円で販売するのは一般的な中古品流通です。新品を大量確保して発売直後に1万円で転売する行為とは、市場で果たしている機能も問題点も異なります。
したがって「悪質転売対策なら競争を制限してもよい」という結論にはなりません。目的に一定の合理性があったとしても、その目的を達成する手段が販売店間の価格競争や中古市場での競争を不当に制限するのであれば、独占禁止法上の問題は別途検討されます。
ゲームソフトなら著作物だから価格を固定できる、とはならなかった
当時の重要な論点の一つに、ゲームソフトが「著作物」であることがあります。日本では書籍、雑誌、新聞、音楽用CDなど一定の商品について、再販売価格維持が例外的に認められる制度があります。
しかし公正取引委員会は、ゲームソフトをこの例外の対象となる著作物には含めませんでした。公正取引委員会の資料では、ゲームソフトは制度が導入された当時には存在せず、書籍・雑誌・新聞・レコードなどと機能・効用が同一ともいえないことなどから、再販適用除外の対象ではないとの判断が示されています。[参照:公正取引委員会 著作物再販制度に関する説明]
つまり「ゲームソフトは著作権法上の著作物なのだから、メーカーが小売価格を固定してよい」ということにはなりません。著作権法上の著作物という概念と、独占禁止法において再販売価格維持が例外的に認められる商品の範囲は区別して考える必要があります。
中古ゲーム販売の著作権問題は最高裁でも争われた
当時はゲームソフトの中古販売について、著作権者の「頒布権」が及ぶのかという別の大きな法的論争もありました。ゲーム会社側から見れば、中古品が何度売買されても新たなソフト販売収入が入らないため、ビジネス上の問題意識があったことは理解できます。
しかし2002年4月25日の最高裁判決では、家庭用テレビゲームソフトについて、適法に販売され消費者に購入された後は、頒布権のうち譲渡する権利はその目的を達成して消尽し、その中古品を再び譲渡する行為には著作権の効力が及ばないとの判断が示されました。[参照:最高裁判所 2002年4月25日判決]
簡単にいえば、正規に購入されたゲームソフトについて、著作権を根拠としてその後の中古売買をいつまでもコントロールできるわけではないという考え方です。
ソニー側にも流通改革をしようとした事情があった
この事件は「ソニーが消費者を困らせるために価格を固定した」という単純な構図でもありません。公正取引委員会の審決資料を見ると、当時のゲーム流通には過剰発注、在庫、品切れ、多段階流通などの問題があり、ソニー側はCD-ROMの低い製造コストと短い製造期間を生かして流通を効率化しようとしていました。
実際、追加注文を受けて短期間で製造・納品する仕組みを整えるなど、それまでのゲーム流通の問題を改善しようとした側面も確認できます。また、中古販売によって新品の販売本数が減少すれば、開発会社が制作費を回収できず新作開発に悪影響が出るという主張もしていました。
それでも独占禁止法では、目的に合理的な面があることと、そのために採用した競争制限的な手段が許されるかは別問題です。流通を効率化したい、新品市場を守りたいという目的だけで、小売業者の価格決定や中古品取扱いを自由に拘束できるわけではありません。
なぜ独占禁止法はメーカーによる価格拘束を問題にするのか
もし有力メーカーが「この商品は必ず5,000円で売ること。4,500円に値下げした店には商品を卸さない」と強制できれば、販売店同士の価格競争が弱くなります。どの店へ行っても同じ価格になりやすく、消費者が安い販売店を選ぶ機会も減ります。
さらに中古品の取扱いまで禁止されれば、消費者は新品と中古品を比較して選択する機会も小さくなります。このように市場で競争する事業者自身が価格やサービスを工夫できる状態を守ることが独占禁止法の重要な役割です。
もちろん現在でもメーカーが流通業者へ一定の条件を設けることがすべて禁止されているわけではありません。行為の目的、内容、競争への影響などによって評価は異なります。ただし再販売価格を拘束する行為については現在も原則違法という考え方が基本です。
まとめ:問題は「転売防止」そのものではなく販売店の競争を拘束したこと
初代PlayStationをめぐる独占禁止法事件は、ソニーが現在いうところの悪質な高額転売ヤーを禁止したため処罰された事件、と理解するのは正確ではありません。中心となったのは、PlayStation用ソフトの値引き販売を小売業者にさせない再販売価格の拘束と、それに関連して実施された中古品取扱い禁止や横流し禁止などの流通政策です。
公正取引委員会は値引き販売禁止を再販売価格の拘束として問題視し、中古品取扱い禁止についても、当時行われていた再販売価格の拘束を補強するものとして機能していたと判断しました。一方、ソニー側にも新品販売やゲーム開発を守り、従来のゲーム流通を改善したいという事情がありました。
そして中古ゲームそのものについては、後の2002年最高裁判決で、適法に販売された家庭用ゲームソフトの中古品を再譲渡する行為には著作権の効力が及ばないとの判断が示されています。「悪質な高額転売」「通常の中古品売買」「メーカーによる小売価格の拘束」はそれぞれ別の問題として整理すると、この事件がなぜ独占禁止法上問題になったのかが理解しやすくなります。