相続手続きを進めていると、司法書士などから相続関係者へ遺産分割協議書が送られ、署名・実印での押印と印鑑証明書の返送を求められることがあります。相続人が多く、受け取る金額にも大きな差があるケースでは、「納得できない人が書類を返送しなかったらどうなるのか」は重要な問題です。
結論から整理すると、遺産分割協議書への署名・押印を強制することはできないため、内容に納得しない相続人が返送しないことはあり得ます。そして、全員の合意を前提とする遺産分割協議であれば、一人が同意しないだけでもその内容で協議を成立させることはできません。
ただし、「有効な遺言書がある」という場合は話が少し複雑です。そもそも遺言どおりに遺産を取得する手続きなのか、遺言とは異なる分け方をするために遺産分割協議書を作成しているのかによって、署名が得られない場合の影響が変わります。
遺産分割協議は原則として相続人全員の合意が必要
遺産分割協議とは、亡くなった人の遺産を誰がどのように取得するのかを相続人で話し合って決める手続きです。例えば預金3,000万円について、長男1,500万円、次男1,000万円、長女500万円というように具体的な分け方を決めます。
このような協議は、多数決で決めるものではありません。「5人中4人が賛成したから成立」という扱いにはならず、協議の対象となる相続人全員の合意が必要です。
そのため、内容に納得できない人が「この条件では署名しない」と判断すること自体は可能です。司法書士から書類が届いたとしても、司法書士が相続人に署名・押印を強制できるわけではありません。
もらえる金額に差があれば返送しない人が出る可能性はある
遺産分割協議書に「Aさん600万円、Bさん300万円、Cさん2,000万円、Dさん0円」のような大きな差が記載されていれば、取得額の少ない人や何も取得しない人が疑問を持つことは十分考えられます。
「なぜ自分だけ0円なのか」「法定相続分ならもっとあるのではないか」「2,000万円を受け取る人がいる理由を知りたい」と考え、説明を求めることもあります。内容を理解できないまま実印を押す必要はありませんから、返送を保留する人がいても不思議ではありません。
一方、金額に差があるから必ず揉めるとも限りません。生前の事情や遺言者の意思を家族が理解しており、全員が納得して署名するケースもあります。金額差だけから、誰が反対するかを事前に決めつけることはできません。
遺言書がある場合は「なぜ遺産分割協議書が必要なのか」が重要
ここで最も確認したいのが遺言書の内容です。有効な遺言によって財産の帰属が具体的に指定されている場合、基本的にはその遺言内容に沿って相続手続きを進めることになります。
一方、遺言書が存在していても、内容によっては遺産分割が必要になることがあります。また、遺言とは異なる分割を相続人全員で希望する場合には、一定の条件のもとで相続人全員の合意による分割が問題になります。裁判所の案内でも、遺言書がある場合について、相続人全員の合意があれば遺言と異なる分割ができる場合があることが説明されています。[裁判所資料参照]
したがって「遺言書があるのに、なぜ全員へ遺産分割協議書が送られているのか」を司法書士へ確認することが非常に重要です。遺言書の具体的な文言によって結論が変わるためです。
兄弟姉妹には遺留分がない
子どもがおらず、配偶者もおらず、両親などの直系尊属もすでに亡くなっている場合、兄弟姉妹が法定相続人になることがあります。亡くなった兄弟姉妹がいれば、その子である甥・姪が代襲相続人になる場合もあります。
ただし、ここで重要なのが遺留分です。法務省の案内では、兄弟姉妹には遺留分がないことが明記されています。[法務省・遺留分について参照]
遺留分とは、一定の相続人について遺言でも奪うことのできない最低限の取り分を保護する制度ですが、兄弟姉妹はその対象外です。法務省も、遺留分を「兄弟姉妹以外の相続人」について最低限の取り分を確保する制度と説明しています。[法務省・相続法改正資料参照]
甥・姪が兄弟姉妹を代襲相続している場合も遺留分はない
例えば独身で子どものいない伯母が亡くなり、その兄弟がすでに亡くなっていた場合、その兄弟の子である甥・姪が代襲相続するケースがあります。
この場合、甥・姪は亡くなった兄弟姉妹の立場を代襲しているため、兄弟姉妹と同様に遺留分はありません。そのため有効な遺言によって「甥Aに2,000万円、姪Bに600万円、兄弟Cには財産を取得させない」といった指定がされていても、兄弟姉妹やその代襲者である甥・姪が単に法定相続分より少ないという理由だけで遺留分を請求することはできません。
ただし、これは「遺言書の内容にかかわらず何も争えない」という意味ではありません。遺言の有効性そのものに問題がある、遺言の対象になっていない財産があるなど、別の法律問題が生じる可能性はあります。
「法定相続分がある」と「遺言に反対すれば必ずもらえる」は別
相続では法定相続分と遺留分が混同されやすいため注意が必要です。法定相続分は、遺言による指定などがなく相続人間で遺産を分ける際の基本的な割合です。
一方、遺留分は有効な遺言などがあっても一定の相続人に最低限保障される取り分です。兄弟姉妹には法定相続人になる場合がある一方、遺留分はありません。
したがって、「本来なら法定相続分がある兄弟だから、遺言で0円にされても必ずその分を請求できる」という理解は正確ではありません。有効な遺言の内容や相続人の構成を確認する必要があります。
返送しない人が出たら遺産分割協議は止まる可能性がある
遺言とは別に相続人全員の合意が必要な遺産分割協議を行っている場合、一人が協議書へ署名・押印しなければ、その協議書を全員合意の書類として完成させることはできません。
例えば10人の関係者のうち9人が署名しても、必要な相続人1人が「納得できない」と拒否すれば、9人だけでその人の取り分まで決定することはできません。
この場合は、まず反対している理由を確認し、金額や分割方法について改めて話し合うことになります。単に連絡を忘れている場合もあるため、最初から「妨害している」と決めつけず、司法書士などを通じて状況を確認するのがよいでしょう。
話し合いがまとまらなければ家庭裁判所の手続きがある
相続人同士で遺産分割について話し合いがまとまらない場合には、家庭裁判所の遺産分割調停を利用できます。裁判所によると、相続人のうち一人または何人かが、ほかの相続人全員を相手方として申し立てる仕組みです。[裁判所・遺産分割調停参照]
調停では裁判所が一方的に最初から分け方を命令するのではなく、それぞれの事情や希望を聞き、資料を確認しながら合意を目指します。
それでも合意できず調停が不成立となった場合には、原則として審判手続へ移り、裁判官が遺産の種類や性質などの事情を考慮して判断することになります。ただし、遺言書の有効性そのものを争う場合などは、遺産分割調停とは別の手続きが必要になることがあります。
遺言書がある相続では司法書士に確認したいポイント
司法書士から遺産分割協議書が届いた場合は、単に「全員からハンコをもらえば終わり」と考えるのではなく、まず今回の手続きの法的な位置付けを確認すると安心です。
具体的には、遺言書は公正証書遺言なのか自筆証書遺言なのか、遺言には各財産の取得者が具体的に指定されているのか、遺言執行者はいるのか、今回の遺産分割協議書は遺言を実現するための書類なのか、それとも遺言とは異なる分割をするためのものなのかを確認します。
また、甥・姪が登場する相続では、誰が法定相続人なのかも戸籍をたどって確定する必要があります。相続人の範囲を間違えると、その後の手続きをやり直す原因になるためです。
金額が大きく意見が割れそうなら早めに説明することも大切
相続争いでは、実際の金額だけでなく「何も説明されないまま実印を押す書類が届いた」ということが不満のきっかけになることがあります。特に取得額が0円または他の人より極端に少ない場合はなおさらです。
可能であれば司法書士などの専門家を通じて、「なぜこの分け方になっているのか」「遺言書ではどのように指定されているのか」「署名すると法律上どうなるのか」を分かるようにしておくと、単純な誤解から対立する可能性を減らせます。
なお、司法書士が担当できる業務と、相続人間で紛争が生じた際に代理して交渉できる業務は同じではありません。実際に相続人同士の対立が生じた場合は、相続問題を扱う弁護士への相談が必要になることがあります。
まとめ|遺産分割協議書を返送しない人はあり得るが、遺言書の内容が重要
遺産分割協議書が送られてきても、その内容に納得できない相続人が署名・押印せず、返送を保留または拒否することはあり得ます。全員の合意を必要とする遺産分割協議であれば、一人でも同意しない相続人がいると、その内容のまま協議を成立させることはできません。
ただし、すでに有効な遺言書があるケースでは、「遺言どおりの相続」と「相続人全員で行う遺産分割協議」を分けて考える必要があります。また、兄弟姉妹や兄弟姉妹を代襲する甥・姪には遺留分がないため、「法定相続人なのだから遺言に反対すれば必ず一定額を取得できる」とは限りません。
司法書士から遺産分割協議書が送られているのであれば、まず遺言書の具体的な内容と、なぜ今回あえて遺産分割協議書への全員の署名が必要なのかを確認することが大切です。そのうえで反対する相続人が現れた場合は話し合いを行い、まとまらなければ家庭裁判所の調停など、争点に応じた法的手続きを検討することになります。