インターネット上で誹謗中傷を受けたものの、時間が経ってから投稿者を特定したいと考えるケースがあります。ニコニコ生放送(ニコ生)のような配信サービスやSNSでは、発信者情報開示の制度を利用して投稿者・コメント投稿者の特定を目指せる場合がありますが、数年前の投稿になると大きな問題になるのが通信記録(ログ)が現在も残っているかという点です。
また、アカウントにGmailなどのメールアドレスが登録されていれば、それを手掛かりに本人を特定できるのではないかと考えることもあります。しかし、メールアドレスが分かることと、そのメールアドレスの利用者の氏名・住所を法的に取得できることは別問題です。ここでは、3年以上前の誹謗中傷について発信者情報開示が可能なのか、ログ保存期間、損害賠償請求の時効、登録メールアドレスからの特定について整理します。
発信者情報開示請求とは
インターネット上の投稿によって名誉権やプライバシーなどの権利を侵害された場合、一定の要件を満たせば、サービス運営会社やインターネット接続事業者などに発信者情報の開示を求められる制度があります。
現在は、従来型の発信者情報開示請求に加えて、裁判所を利用する発信者情報開示命令という手続があります。裁判所の案内でも、SNSなどを運営するコンテンツプロバイダに投稿時・ログイン時などのIPアドレス等の開示を求め、アクセスプロバイダ等に氏名・住所等の開示を求める仕組みが説明されています。
重要なのは、単に不愉快な発言があったというだけで必ず開示されるわけではない点です。権利侵害が明らかであることや、損害賠償請求などのため開示を受ける正当な理由があることなど、法律上の要件を満たす必要があります。
3年以上前の投稿でも開示請求そのものが直ちに不可能になるわけではない
投稿から3年以上経過したという事実だけで、発信者情報開示の可能性が一律にゼロになるわけではありません。ただし、古い投稿ほど実務上の大きな壁になるのが、サービス運営会社や通信事業者に必要な情報が残っているかどうかです。
例えば、投稿者を特定するために特定日時のIPアドレスや通信記録が必要だったとしても、その記録がすでに事業者側で削除されていれば、存在しない情報を新たに開示させることはできません。ログの保存期間は事業者や情報の種類などによって異なるため、単純に「何か月なら残る」「3年なら必ず消える」と一律には判断できません。
そのため、ネット上の誹謗中傷で投稿者の特定を考えている場合は、一般的に時間が経つほど特定が難しくなると考えておく必要があります。証拠保全や開示手続を早く始めることが重要といわれるのは、このためです。
「3年」という数字はログ保存期間と損害賠償請求の時効で意味が違う
ここで混同しやすいのが、「投稿から3年経った」ということと「損害賠償請求の時効が完成した」ということです。この2つは同じ意味ではありません。
不法行為に基づく損害賠償請求について、民法上は原則として損害および加害者を知った時から3年間、また不法行為の時から20年間という期間が問題になります。したがって、投稿から3年以上経過しているからという理由だけで、直ちに「もう何も請求できない」と決まるわけではありません。
例えば、匿名アカウントから誹謗中傷され、投稿された事実は3年前から知っていたものの、投稿者が誰なのか現在まで分からなかったケースでは、「加害者を知った時」がいつなのかという点も重要になります。ただし、具体的な時効の完成時期は事案によって異なるため、実際に請求を検討する場合には弁護士などの専門家による個別判断が必要です。
最大の問題はプロバイダの通信ログが残っているか
匿名投稿者をIPアドレスなどから追跡する典型的な方法では、サービス運営会社だけでなく、インターネット接続に利用されたアクセスプロバイダ側の情報が重要になります。
イメージとしては「問題の投稿→サービス側に記録されたIPアドレス等→その通信を提供したプロバイダ→契約者情報」という流れで特定を進めます。しかし、途中に必要なログが残っていなければ、この経路が途切れてしまいます。
特に数年前の通信については、当時の接続記録が現在も保存されているとは限りません。そのため、3年以上前の投稿についてIPアドレスから新たに発信者を特定しようとする場合、法律上の請求権だけではなく、特定に必要なデータが現実に存在するかが極めて重要になります。
アカウントにGmailが登録されていれば特定できるのか
サービスのアカウントにメールアドレスが登録されており、その情報が法律上の開示対象となる場合には、メールアドレスが発信者特定の手掛かりになる可能性があります。実際、発信者情報開示制度では一定の場合に電子メールアドレスも開示対象となり得ます。
ただし、Gmailアドレスが判明したからといって、Googleからその利用者の氏名・住所を当然に開示してもらえるわけではありません。Googleなど別の事業者に対する開示についても、その事業者がどの情報を保有しているのか、その情報が問題となった投稿の発信者情報として法律上の開示対象になるのか、権利侵害との関連性が認められるのかなどが問題になります。
つまり、「IPアドレスのログが消えているならGmailを開示して、その登録者を調べればよい」という単純な代替ルートが常に存在するわけではありません。メールアドレスだけを材料に、そのメールサービス事業者へ無条件に個人情報の開示を要求できる制度ではない点には注意が必要です。
ログイン時のIPアドレスが手掛かりになるケースもある
発信者情報開示では、問題となった投稿そのものを送信した際の通信だけでなく、一定の条件を満たすログイン時などの通信が問題になる場合があります。最高裁判所でも、権利侵害投稿後のアカウントへのログイン通信について、投稿との関連性が争われた裁判例があります。
もっとも、同じアカウントへのログインであれば何でも開示対象になるわけではありません。問題の投稿との時間的・実質的な関連性などが重要になり、個別の事情によって結論が異なります。
古い投稿の場合、「投稿時のログはないが、アカウント自体は現在も利用されている」というケースも考えられます。しかし、その後のログイン情報だけで過去の投稿者を特定できるかは法的・技術的な検討が必要であり、必ず利用できる方法とはいえません。
古い誹謗中傷で残しておきたい証拠
時間が経過した誹謗中傷について相談する場合でも、まず当時の資料をできる限り整理しておくことが重要です。投稿内容だけでなく、「どこに・いつ・誰のアカウントから投稿されたのか」が確認できる資料が役立ちます。
- 誹謗中傷された画面のスクリーンショット
- 投稿・コメントのURL
- 投稿日時
- 投稿者のアカウント名やユーザーID
- 配信ページや動画のURL
- アカウントのプロフィール画面
- 投稿内容が確認できる動画・画像など
- 運営会社との過去の問い合わせ記録
スクリーンショットだけではURLや投稿日時などが分からないこともあります。将来的に法的手続を検討する可能性があるなら、投稿内容だけでなく周辺情報も含めて保存することが重要です。
3年以上経過している場合は「開示できる・できない」を自己判断しない
古い投稿の場合、発信者情報開示が可能かどうかは「投稿から何年経ったか」だけでは判断できません。サービス運営会社が保有している情報、アカウントが現在も存在するか、登録情報があるか、通信ログが残っているか、問題となった表現が権利侵害に該当するかなど、複数の要素を確認する必要があります。
また、開示請求が可能かという問題と、特定後に損害賠償請求できるかという問題も分けて考える必要があります。時効が関係する可能性もあるため、本当に手続を行いたい場合には、インターネット上の誹謗中傷や発信者情報開示を扱う弁護士へ、保存している証拠を持参して早めに相談する方法が現実的です。
費用をかけて正式依頼するか迷っている段階でも、法律相談で「現在残っている資料から特定可能性があるか」「どの事業者への手続が考えられるか」を確認してから判断することができます。
まとめ:3年前の誹謗中傷は期間だけで判断せず、残っている情報を確認する
3年以上前の誹謗中傷だからといって、発信者情報開示が法律上一律に禁止されるわけではありません。一方で、年月が経過するとサービス運営会社や通信事業者のログが消去され、投稿者を技術的にたどれなくなっている可能性があります。古い案件ほど、この点が大きな問題になります。
また、アカウントにGmailなどのメールアドレスが登録されていたとしても、そのアドレスからメールサービスの利用者情報を当然に取得できるわけではありません。メールアドレスが発信者情報として開示対象になる場合はありますが、そこからさらに本人情報を取得できるかは別途、法律上の要件や事業者が保有する情報などを検討する必要があります。
したがって、古いネット上の誹謗中傷については「3年経ったから絶対に無理」「Gmailさえ分かれば必ず特定できる」といった一律の判断は避け、投稿日時、URL、アカウント情報、保存済みの証拠などを整理したうえで個別に確認することが重要です。実際の開示や損害賠償請求を検討している場合には、時効の問題もあるため、できるだけ早い段階で専門家へ相談するのが安全です。