消費者トラブルについて調べていると、裁判以外の解決方法として「ADR」という言葉を目にすることがあります。「消費者センターのADS」と呼ばれることもありますが、一般にこの文脈で指していると考えられるのはADR(Alternative Dispute Resolution=裁判外紛争解決手続)です。
ADRは裁判を起こさず、第三者が当事者間に入り、話し合いなどによって紛争の解決を目指す仕組みです。ただし、証拠がなくても第三者が真相を徹底調査して、どちらが嘘をついているのか判定してくれる制度ではありません。ここを誤解すると期待していた解決方法と大きく違ってしまう可能性があります。
この記事では、国民生活センターや消費生活センターの役割を踏まえながら、ADRとは何なのか、店員の接客や発言をめぐるトラブルではどのような対応が考えられるのかを整理します。
消費者トラブルで聞く「ADR」とは何か
ADRとは「Alternative Dispute Resolution」の略称で、日本語では裁判外紛争解決手続と呼ばれます。裁判ではなく、当事者以外の第三者が関与しながらトラブルの解決を図る仕組みの総称です。
国民生活センターにも紛争解決委員会が設置されており、一定の重要な消費者紛争について「和解の仲介」や「仲裁」を行っています。国民生活センター自身もADRについて、裁判を起こすのではなく第三者に関わってもらいながら解決を図る手続と説明しています。[参照:国民生活センター ADR(裁判外紛争解決手続)]
一方、全国の消費生活センター等は、商品やサービスなど消費生活全般に関する苦情・問い合わせを受け付け、専門の相談員が公正な立場で相談処理にあたる窓口です。身近な消費者トラブルでは、まず消費生活センターへ相談し、その後の対応を検討する流れが現実的です。[参照:国民生活センター 全国の消費生活センター等]
ADRは「証拠がなくても嘘を暴いてくれる制度」ではない
ADRについて特に注意したいのが、捜査機関や裁判所とは役割が違うという点です。例えば「店員から侮辱的な発言をされた」「店員はそんな発言をしていないと言っている」というケースで、ADR機関が防犯カメラや社内資料などを強制的に集め、誰が嘘をついているのか捜査してくれるわけではありません。
裁判でもADRでも、事実関係について争いがあれば、その主張を裏付ける材料は重要になります。録音がなければ必ず負けるという意味ではありませんが、録音・メール・メッセージ・防犯カメラ映像・目撃者・日時を記録したメモなどがあれば、事実関係を整理しやすくなります。
したがって、「証拠ゼロでもADRへ申し立てれば、企業の上層部が店員を徹底調査し、嘘を見破って事実を証明してくれる」という理解は適切ではありません。ADRは真相究明を目的とした捜査制度ではなく、紛争解決を目的とする制度です。
消費生活センターへ相談すると何をしてもらえるのか
消費生活センターでは、商品やサービスなどの消費生活に関するトラブルについて専門の相談員へ相談できます。全国共通の「消費者ホットライン188」を利用すると、原則として最寄りの消費生活相談窓口につながります。
相談内容によっては、問題点や契約関係の整理、今後どのように事業者と話し合えばよいかについて助言を受けられることがあります。案件によっては事業者との間に入る「あっせん」が行われる場合もあります。
ただし、消費生活センターがあらゆる私人間のトラブルを調査したり、企業に処分を命じたりできるわけではありません。例えば、店舗スタッフから不快な発言をされたという問題だけの場合、具体的な契約・商品・サービス上の消費者トラブルがあるケースとは対応が異なる可能性があります。
国民生活センターのADRなら何でも申し立てられるわけではない
もう一つ重要なのが、国民生活センターのADRは、すべての個人的な苦情を無条件で取り扱う制度ではないということです。国民生活センターでは、解決が全国的に重要である一定の消費者紛争について紛争解決委員会が手続を行います。
実際、国民生活センターが公表しているADRの実施状況を見ると、契約・解約、販売方法、表示・広告、品質・機能、価格・料金、接客対応など幅広い内容があります。しかし、申請したから必ずADR手続が開始され、必ず和解できるというものではありません。
また「和解の仲介」は、その名前のとおり当事者間の合意による解決を目指すものです。裁判官が証拠を調べて一方に賠償を命じる民事裁判とは性質が異なります。
店員から侮辱的な発言をされた場合に残しておきたいもの
店舗で問題となる発言を受けた場合には、感情が落ち着いてからでも構わないので、できるだけ早く具体的な記録を作ることが重要です。録音がなくても、後から確認できる情報が残っている可能性があります。
例えば、次のような情報をまとめておくと、企業への問い合わせや専門家への相談を行う際に状況を説明しやすくなります。
- 店舗名と所在地
- 発生した年月日とおおよその時刻
- 発言した人物の氏名・役職・特徴
- 実際に言われた言葉を可能な限り正確に記録したメモ
- その場にいた同行者や目撃者
- レシートや購入履歴
- 店舗や本社とのメール・問い合わせ履歴
- 店舗内に防犯カメラがあったか
例えば「店長にひどいことを言われた」という記録だけではなく、「○月○日午後3時10分ごろ、サービスカウンター前で○○という内容を言われ、その場には店員2人と同行者1人がいた」というように記録します。後から記憶が曖昧になることを防ぐ意味でも有効です。
証拠がない場合でも相談する意味はある
録音などの決定的な証拠がないからといって、相談そのものができないわけではありません。消費生活上の問題であれば消費生活センター、法的責任や損害賠償などを検討している場合には弁護士など、問題に応じた相談先へ状況を説明することができます。
また、企業へ苦情を申し入れる場合には、本社のお客様相談窓口などが社内確認を行うことがあります。勤務記録、防犯カメラ、同席した従業員への聞き取りなどから事実関係を確認する企業もあります。ただし、これは企業自身が行う社内調査であり、ADRが企業に対して必ず実施させる「嘘発見システム」ではありません。
企業側の調査で事実が確認されるケースもあれば、「双方の主張が異なり確認できない」という結論になるケースもあります。そのため、第三者機関へ相談する場合にも、自分が持っている情報を時系列で整理しておくことが大切です。
「裁判をすると逆に訴えられる」という心配はどう考えるべきか
民事裁判を起こしたものの請求が認められなかったことと、相手から逆に損害賠償を請求されることは別の問題です。単に証拠が足りず請求が認められなかったというだけで、当然に相手から賠償責任を追及されるわけではありません。
もっとも、SNSなどで企業名や個人名を挙げて断定的な情報を発信する場合には、名誉毀損など別の法的問題が生じる可能性があります。また、事実と異なることを知りながら虚偽の申告をするなど、事情によっては別の問題になることもあります。
損害賠償請求を実際に検討するほど深刻なケースでは、インターネット上の一般論だけで判断せず、証拠や具体的事情を持って弁護士などの専門家へ相談するほうが安全です。
消費者トラブルが起きたときの現実的な対応手順
トラブルが発生したからといって、最初から裁判やADRを選択する必要はありません。問題の内容にもよりますが、まず事実関係と希望する解決内容を整理することから始めます。
- 日時・場所・相手・発言・出来事を記録する
- レシート、メール、録音、写真などの資料を保存する
- 必要に応じて店舗ではなく本社の相談窓口へ連絡する
- 商品・サービスなどの消費者問題であれば消費生活センターへ相談する
- 解決が難しい場合にはADRなどの利用可能性を確認する
- 損害賠償や訴訟を検討する場合には法律専門家へ相談する
消費生活センターへの相談先が分からない場合には、消費者ホットライン「188」で地域の窓口を確認できます。[参照:国民生活センター・全国の消費生活センター等]
まとめ:ADRは便利な紛争解決制度だが「真実を強制的に暴く制度」ではない
消費者分野でいうADRとは、裁判以外の方法で第三者が関与しながら紛争の解決を目指す「裁判外紛争解決手続」です。「ADS」という名称と混同されることがありますが、一般的に使われる名称はADRです。
国民生活センターには消費者トラブルを対象としたADRがありますが、証拠がなくても調査員が企業内部を強制捜査し、店員の嘘を暴いてくれるような制度ではありません。また、すべての個人的な苦情が国民生活センターADRの対象になるわけでもありません。
トラブルが起きたときに重要なのは、「ADRなら証拠がなくても何とかしてくれる」と考えるのではなく、可能な限り記録を残し、消費生活センターなど適切な相談先を利用して解決方法を検討することです。裁判・ADR・事業者との話し合いにはそれぞれ役割と限界があるため、問題の性質に合わせて使い分けることが重要です。