仕事中に第三者と衝突して転倒し、大腿骨頸部骨折などの重傷を負った場合、労災保険から給付を受けながら、事故の相手方に民事上の損害賠償を請求できるケースがあります。
ただし、最終的な示談金は「入院2か月・通院1年以上なら○万円」というように治療期間だけでは決まりません。治療費、休業損害、傷害慰謝料、後遺障害慰謝料、逸失利益、過失割合などを整理し、すでに労災から給付された項目との調整を行う必要があります。
特に大腿骨頸部骨折後に歩行時痛、階段昇降の困難、股関節の可動域制限などが残り、症状固定後に労災の障害(補償)等給付を申請しているケースでは、後遺障害の認定内容が損害賠償額を大きく左右する可能性があります。保険会社から示談案が提示されても、金額だけを見てすぐ合意しないことが重要です。
仕事中に客など第三者から負傷させられた事故は「第三者行為災害」になり得る
業務中の事故であっても、原因が客や通行人など第三者の行為にあり、その第三者に損害賠償責任が生じる場合は、労災保険上の「第三者行為災害」として扱われることがあります。
厚生労働省は、労災保険給付の原因となった災害が第三者の行為などによって生じ、その第三者が被災労働者に損害賠償義務を負うものを第三者行為災害としています。第三者行為災害では「第三者行為災害届」などの提出が必要になります。[参照:厚生労働省 労災保険給付関係主要様式]
歩行者同士の衝突でも、相手方に民事上の責任が認められれば損害賠償問題になります。ただし「後ろからぶつかられた」という事情だけで相手の責任が100%と確定するわけではなく、双方の動き、事故場所、衝突状況、目撃者、防犯カメラなどから過失割合が争われる可能性があります。
示談金は「慰謝料だけ」ではない
日常会話では相手側から受け取る金額全体を「示談金」と呼ぶことがありますが、法律上は複数の損害項目を積み上げて賠償額を算定します。
| 主な損害項目 | 内容 |
|---|---|
| 治療関係費 | 診察、手術、入院などに必要となった費用 |
| 通院交通費等 | 必要かつ相当な通院費など |
| 休業損害 | 事故によって仕事を休み減少した収入 |
| 傷害慰謝料 | 入院・通院による精神的苦痛への賠償 |
| 後遺障害慰謝料 | 後遺障害が残ったことによる精神的苦痛への賠償 |
| 逸失利益 | 後遺障害により将来の労働能力が低下したことによる損失 |
| その他 | 必要性が認められる装具費など個別事情に応じた損害 |
したがって、示談額を評価するときは「総額が500万円だから高い・安い」と判断するのではなく、各項目がいくらで計算され、何が既払いとして控除されているのかを見る必要があります。
入院2か月・長期通院でも通院回数が少ない場合はどうなる?
傷害慰謝料は入通院期間が重要な要素ですが、単純に症状固定までの日数だけを掛け算して算出するわけではありません。通院期間が長くても実通院日数が少ない場合には、その治療内容や通院頻度が評価上の論点になることがあります。
ただし、大腿骨頸部骨折の骨接合術後に骨頭壊死などの有無を定期的に確認するため月1回程度の経過観察を続けていたのであれば、「月1回しか通院していない」という数字だけを見るべきではありません。医師が長期間の経過観察を必要と判断した理由や診療録の内容が重要です。
例えば入院後に毎週リハビリへ通うケースと、骨癒合後に医師の指示で月1回画像検査を受けながら経過観察するケースでは、通院回数の意味が違います。保険会社の提示額を確認するときには、治療期間がどのように評価されているかも確認したいポイントです。
大腿骨頸部骨折では後遺障害の内容が特に重要
症状固定後も歩行時の痛み、階段昇降の困難、正座困難、股関節周辺の痛みなどが残っている場合、後遺障害としてどのように評価されるかが重要になります。
ここで注意したいのは、症状名だけから障害等級を予測できないことです。「痛みが残った」という神経症状として評価される場合と、股関節の可動域に客観的な制限が残った場合などでは評価の考え方が異なります。画像所見、可動域測定、手術内容、骨癒合状態、疼痛と医学的所見との整合性などが判断材料になります。
労災では、傷病が治った、つまり症状固定となった後に一定の障害が残った場合、障害(補償)等給付の対象となる可能性があります。厚生労働省は障害(補償)等給付の請求手続や診断書様式を公開しています。[参照:厚生労働省 労災保険制度の概要・給付手続]
接客業で「歩く・荷物を持つ・正座する」ことも逸失利益の検討材料
後遺障害が認められた場合、慰謝料だけでなく逸失利益が問題になります。逸失利益とは、後遺障害によって労働能力が低下し、将来得られたはずの収入に影響する損害を金銭的に評価するものです。
ここでは職業の具体的な仕事内容が重要です。例えばデスクワーク中心の仕事と、一日中店舗を歩き回り、商品や荷物を持ち、しゃがむ・立ち上がる・階段を上り下りするといった動作が多い接客業では、同じ股関節の障害でも仕事への影響が異なる可能性があります。
長年同じ接客業に従事している場合には、単に「現在も勤務できているから逸失利益ゼロ」と機械的に考えるのではなく、仕事内容、配置変更、周囲の援助、作業時間の増加、できなくなった業務、痛みを我慢して勤務している事情などを具体的に整理することが重要です。
労災から541日分の休業補償を受けていても二重取りにはならない
第三者行為災害では、労災保険と相手方への損害賠償請求が並行することがあります。しかし、同一の損害について労災と相手側の双方から二重に補填を受けられるわけではありません。
厚生労働省も、第三者行為災害について労災保険給付と民事損害賠償の支給調整が行われることを案内しています。政府が労災給付を行った場合、その価額の限度で被災者が第三者に対して持つ損害賠償請求権を取得し、第三者へ求償することがあります。
一方で、損害賠償の項目と労災給付の性質を個別に整理する必要があるため、「労災をもらったから相手からは何も受け取れない」という意味でもありません。[参照:厚生労働省・労働局 第三者行為災害]
労災の後遺障害結果が出る前の示談は慎重に
すでに症状固定となり労災の障害(補償)等給付を申請している段階なら、後遺障害の認定結果が非常に重要です。等級や認定理由が確定する前に相手側保険会社と最終的な全部示談をすると、その後の請求関係が複雑になるおそれがあります。
厚生労働省は第三者行為災害で示談を行う場合について、事前に労働局または労働基準監督署へ連絡するよう案内しています。また、被災者が示談額以外の損害賠償請求権を放棄する「全部示談」が真正に成立すると、原則としてその成立以後の労災保険給付が行われなくなる場合があると注意喚起しています。[参照:厚生労働省 第三者行為災害のしおり]
したがって、後遺障害の手続中に「今なら○万円で終わりにします」といった最終示談を提示された場合は、署名する前に内容を確認することが非常に重要です。
示談金はいくらになる?現状だけで正確な金額は出せない
大腿骨頸部骨折で手術、約2か月の入院、長期間の経過観察、症状固定後も歩行時痛などが残っているケースでは、賠償額が数十万円程度の単純な慰謝料だけで終わるとは限りません。一方で、具体的な資料なしに「必ず500万円」「1000万円以上」といった金額を提示することもできません。
特に金額を左右するのは、後遺障害の有無と内容、事故時の年齢、事故前収入、仕事内容、症状固定時期、治療内容、相手側の過失割合、本人側の過失の有無、すでに支給された労災給付などです。後遺障害が認められれば、後遺障害慰謝料と逸失利益が加わる可能性があるため、最終額が大きく変わることがあります。
そのため現段階で重要なのは総額を予想することより、保険会社から届く示談案について「傷害慰謝料」「後遺障害慰謝料」「逸失利益」「休業損害」「既払金・労災との調整」「過失相殺」がそれぞれどのように計算されているか確認することです。
弁護士への相談は示談金が提示されてからでなくてもよい
後遺障害が争点になり得る重傷事故では、「提示額が低かったら弁護士へ依頼する」という順番だけが選択肢ではありません。むしろ後遺障害の認定結果や示談案が固まる前に、一度交通事故・労災の双方を扱う弁護士へ資料を見てもらう方法があります。
相談時には、診断書、手術記録や画像資料の情報、症状固定時の診断書、労災の申請書類、休業期間、源泉徴収票などの収入資料、相手側保険会社から届いた書類を準備すると検討しやすくなります。仕事への支障についても「階段がつらい」だけではなく、事故前にできていた具体的な業務と現在できない・時間がかかる業務を整理しておくと有用です。
弁護士費用特約を利用できる保険に加入していないかも確認しておきましょう。本人の自動車保険だけでなく、契約内容によっては同居家族などの保険に付帯する特約が利用できるケースもあるため、加入している保険会社へ対象範囲を確認する価値があります。
まとめ
仕事中に第三者との衝突で大腿骨頸部骨折を負い、手術・長期療養を経ても歩行時痛や階段昇降、正座などに支障が残っている場合、示談金は治療期間だけでは算定できません。傷害慰謝料に加え、後遺障害が認められれば後遺障害慰謝料や逸失利益が問題となり、そこへ労災給付との支給調整や過失割合が関係します。
特に労災の障害(補償)等給付を申請中なら、その認定結果は重要な資料になります。相手側保険会社から最終的な示談案が届いても、各損害項目の計算根拠と労災との調整内容を確認せず、金額だけで合意するのは避けたほうが安全です。
大腿骨頸部骨折のように後遺症が仕事へ長期的な影響を与える可能性がある事案では、最終示談前に交通事故損害賠償と労災の第三者行為災害に詳しい弁護士へ資料を見せ、提示額と後遺障害・逸失利益の評価が妥当か確認することが有力な選択肢になります。