大きな交通事故が起きた際、被害者や遺族を支援するために「加害者への厳罰を求める署名活動」が行われることがあります。2019年に東京都豊島区東池袋で発生した、いわゆる池袋暴走事故でも、遺族による署名活動が大きく報道されました。
こうした署名のために遠方から電車などで会場へ行く人を見ると、「そこまでする目的は何なのか」「署名すれば刑罰が重くなるのか」と疑問に感じることもあるでしょう。
署名した人の心理を一つに決めつけることはできません。遺族への共感、事故への強い憤り、厳正な処罰を求める意思、交通事故を減らしたいという思いなど、参加する理由は人によって異なります。また、署名と実際の刑事裁判の仕組みは分けて理解する必要があります。
池袋暴走事故とはどのような事故だったのか
池袋暴走事故は2019年4月、東京・池袋で乗用車が暴走し、松永真菜さんと長女の莉子さんが死亡し、ほかにも多数の負傷者が出た事故です。その後、運転していた飯塚幸三氏は自動車運転処罰法違反の過失致死傷罪に問われました。
東京地裁は2021年9月、飯塚氏に禁錮5年の実刑判決を言い渡しました。検察側の求刑は禁錮7年でした。[参照:毎日新聞・2021年9月2日]
事故は社会的にも非常に大きな関心を集めました。遺族は事故後、刑事手続きだけでなく交通事故防止についても継続して発信しています。事故から4年となった際にも、遺族は命を守り合う運転をしてほしいという趣旨のメッセージを発信しています。[参照:毎日新聞・池袋暴走事故4年]
厳罰を求める署名に参加する目的は人によって違う
署名活動に参加した人全員について「この目的だった」と説明することはできません。本人に聞かなければ本当の動機は分からないからです。
一般的には、重大事故について「適切に責任を問うべきだ」という意思を示すこと、被害者や遺族を応援すること、社会的関心を示すことなどが参加理由として考えられます。また、自分や家族も交通事故の被害者になる可能性があるという問題意識から参加する人もいるでしょう。
例えば、休日にわざわざ電車で署名会場へ行く行為は、その人にとって単なる署名以上の意味を持つ場合があります。「ネット上で意見を書くのではなく、自分も何か具体的な行動をしたい」という意思表示として参加することも考えられます。
「誇らしげに話す」理由まで外部から断定することはできない
署名したことを周囲へ積極的に話す人についても、その心理を一つに決めつけるのは適切ではありません。「良いことをしたと思っている」「遺族を応援したかった」「自分もこの問題を重く受け止めていることを伝えたい」など、さまざまな理由が考えられます。
一方で、人間には自分が社会的に望ましいと思う行動を他人にも知ってほしいという心理が働くこともあります。しかし、ある人が署名したことを話したという事実だけから、「自己満足のため」「正義感をアピールしたいだけ」などと本人の目的を断定することはできません。
行動そのものへの評価と、その人の内心の動機を推測することは別問題です。署名に賛成する人も反対する人も、本人が明言していない動機については複数の可能性を残して考えるほうが公平です。
署名が集まれば裁判官がその人数に応じて刑を重くするわけではない
ここは重要なポイントです。刑事裁判は「署名が何万人集まったから懲役・禁錮を何年増やす」といった多数決で刑罰を決定する制度ではありません。
裁判所は法律に基づき、犯罪の内容、結果、過失の程度、被告人に関する事情など、その事件について認定されたさまざまな事情を踏まえて判断します。世論だけを理由として刑罰を自由に重くできる仕組みではありません。
したがって、厳罰を求める署名の意味を「署名した人数の力で直接刑期を増やす制度」と理解すると正確ではありません。署名は、一定数の市民がその問題についてどのような意思を持っているかを表明する活動として捉えるほうが分かりやすいでしょう。
被害者や遺族が刑事手続きで意見を述べる制度もある
日本の刑事司法には、単なる一般市民の署名とは別に、犯罪被害者や遺族が刑事裁判へ関与するための制度があります。一定の事件では「被害者参加制度」を利用し、被害者等が刑事裁判に参加できる仕組みがあります。
裁判所は被害者参加制度について、一定の犯罪の被害者や遺族等が裁判所の許可を得て刑事裁判に参加し、公判期日に出席したり、一定の要件のもとで被告人への質問や事実・法律の適用について意見を述べたりできる制度と説明しています。[参照:裁判所 犯罪被害者保護に関する制度]
つまり、「一般市民が署名すること」と「被害者・遺族が法律上の制度を利用して刑事手続きに関与すること」は別のものとして理解する必要があります。
署名活動には刑罰以外の社会的な意味もある
重大事故に関する署名活動は、個別事件の処罰だけを目的としているとは限りません。事故を社会に忘れさせないことや、同種事故の防止、安全運転、高齢ドライバーを含む交通安全について考えるきっかけになることもあります。
実際、池袋暴走事故の遺族は事故後も交通事故の撲滅について発信を続けています。事故から1年の時点でも、同じような思いをする人をなくしたいという趣旨で交通事故防止を訴えていました。[参照:毎日新聞・池袋暴走事故1年]
署名した市民の中にも、「加害者を重く処罰してほしい」という感情だけでなく、「重大な交通事故が繰り返されてほしくない」という問題意識から参加した人がいたと考えるのが自然です。ただし、個々の署名者が何を最優先していたかは本人以外には分かりません。
署名への賛否と事故被害者への共感は別に考えられる
厳罰を求める署名活動そのものについては、さまざまな考え方があり得ます。「遺族の意思を支援したい」と考えて署名する人がいる一方、「刑罰は世論ではなく司法手続きによって慎重に決めるべきなので、厳罰署名には参加しない」と考える人もいるでしょう。
後者だからといって事故の被害を軽視しているとは限りません。反対に、署名したからといって、その人が刑事司法の仕組みをすべて理解したうえで参加しているとも限りません。
「被害者に共感するか」「厳しい処罰が必要だと考えるか」「厳罰を求める署名という手段に賛成するか」は、それぞれ分けて考えることができます。この区別をすると、署名した人・しなかった人を単純に善悪で分類せずに議論できます。
まとめ:署名する目的は一つではなく、刑罰も署名の多数決では決まらない
池袋暴走事故の加害者への厳罰を求める署名に、電車に乗ってまで参加した人の目的を外部から一つに断定することはできません。遺族への共感、事故への憤り、厳正な処罰を求める意思、交通事故を減らしたいという願い、自分も行動したいという気持ちなど、さまざまな動機が考えられます。
また、署名したことを周囲に話す行為についても、「社会的に意味のある行動をしたと思っている」「問題への関心を共有したい」といった可能性があり、単なる自己顕示などと決めつけることはできません。
一方、刑事裁判は署名の人数による多数決で刑罰を決めるものではありません。池袋暴走事故では最終的に刑事裁判が行われ、東京地裁が禁錮5年の実刑判決を言い渡しました。署名活動の意味を考える際には、「市民による意思表示」と「裁判所が法律に基づいて行う刑事司法上の判断」を区別して理解することが重要です。