パン屋を開業する際は、オーブン、ミキサー、ホイロ、冷蔵・冷凍設備、内装工事、原材料などでまとまった資金が必要になります。そのため自己資金だけでは足りず、日本政策金融公庫などの創業融資を利用して開業するケースがあります。
ここでよくある疑問が、「借りたい金額の1割以上を現金で持っていなければ融資を受けられないのか」「すでに店舗兼住宅などの不動産を購入して現金がほとんど残っていない場合、その不動産を担保にできないのか」という点です。
現在の日本政策金融公庫の創業融資では、かつての制度にあったような自己資金10分の1という要件を、そのまま現在の必須条件と考える必要はありません。ただし、自己資金が少ない状態は資金計画や開業後の資金繰りを考えるうえで重要な審査材料になります。500万円を希望すれば自動的に借りられる制度でもないため、経験、自己資金、不動産取得の経緯、必要資金、売上・利益・返済計画を総合的に整理することが大切です。
現在の創業融資に「自己資金1割以上」は必須なのか
日本政策金融公庫の現在の代表的な創業向け制度に「新規開業・スタートアップ支援資金」があります。対象は新たに事業を始める人、または事業開始後おおむね7年以内の人で、設備資金や運転資金に利用できます。融資限度額は7,200万円とされています。[参照:日本政策金融公庫 新規開業・スタートアップ支援資金]
現在公表されている同制度の利用要件には、「創業資金総額の10分の1以上の自己資金を確認できること」という条件は記載されていません。過去の日本政策金融公庫の「新創業融資制度」などの情報がインターネット上に残っているため、古い制度の条件と現在の制度を混同しないことが重要です。
もっとも、これは「自己資金0円でも500万円を問題なく借りられる」という意味ではありません。日本政策金融公庫自身も創業計画のチェックポイントとして、自己資金が少なく借入依存の資金調達計画になっていないか確認するよう案内しています。[参照:日本政策金融公庫 創業計画書セルフチェック]
自己資金は多いほど有利?重要なのは金額だけではない
創業融資では自己資金が重要ですが、「500万円借りるなら最低50万円」という単純な計算だけで審査結果が決まるものではありません。公庫の創業計画Q&Aでは、自己資金について一概には言えないとしたうえで、新規開業実態調査における創業資金調達総額に占める自己資金の割合が24%だったことを紹介しています。[参照:日本政策金融公庫 創業計画Q&A]
自己資金を見る理由の一つは、開業後に予定より売上が伸びなかった場合でも事業を維持できる余力があるかを判断するためです。開業直後から十分な利益が出るとは限らないため、設備を購入した後にも仕入れ、光熱費、人件費、広告費などを支払える運転資金が必要になります。
例えば500万円を借りて設備をそろえた直後、手元資金がほぼ0円になってしまう計画では、売上の入金より先に小麦粉・バターなどの仕入代金や電気料金が発生すると資金繰りが厳しくなります。そのため「融資が通る最低額」を考えるより、開業後に何か月分の資金を残せるかという視点が重要です。
パン屋で10年間働いた経験は創業融資で大切な材料になる
パン屋で約10年間働いた経験がある場合、その経験は創業計画を説明するうえで大切な材料になります。公庫の創業計画書でも「経営者の略歴等」という項目があり、勤務先だけでなく担当業務、役職、身につけた技能などを書くようになっています。[参照:日本政策金融公庫 創業計画書セルフチェック]
単に「パン屋に10年勤務」と書くより、「製造を10年経験」「仕込みから焼成まで担当」「商品開発経験あり」「発注・原価管理を担当」「店長として売上管理やスタッフ教育を経験」といった具体的な内容を整理すると、事業を実行できる根拠を説明しやすくなります。
パンを作れる技術と店舗経営能力は同じではないため、販売、仕入れ、原価率、人員配置、廃棄率、客単価などについて経験がある場合は、それも整理しておくとよいでしょう。10年間の経験を「年数」だけでなく、開業後の経営へどう生かせるのかまで示すことがポイントです。
1000万円で購入した建物を担保に500万円借りられる?
所有している建物や土地があれば、一般論として不動産を担保にした融資という方法は存在します。しかし、1000万円で購入した不動産があるから500万円を借りられる、という単純な関係ではありません。
不動産の購入価格と金融機関が評価する担保価値は別物です。土地・建物の所在地、土地の評価、建物の構造や築年数、既存の抵当権、住宅ローンなどの残債、用途などによって評価は変わります。
また現在の日本政策金融公庫では、創業期の人について原則として無担保・無保証人で各種融資制度を利用できると案内しています。新規開業・スタートアップ支援資金の制度ページでも、担保・保証人については希望を聞きながら相談するとされています。[参照:日本政策金融公庫 創業融資のご案内]
したがって「不動産を担保にしなければ500万円を借りられない」と最初から考える必要はありません。所有不動産があること、その購入に自己資金を使ったこと、抵当権や借入残高の有無などを公庫へ正確に説明し、利用可能な融資方法を相談するのが適切です。
不動産購入で貯金が減ったことは説明できるようにする
もともと貯蓄していた資金を遊興費などで使ったのではなく、パン屋を開業するための店舗・建物取得に使ったのであれば、その資金の流れは整理して説明しておきたいところです。
例えば「長年勤務しながら800万円を貯めた→自己資金を使って店舗兼住宅を1000万円で取得した→預金残高は少なくなった→追加で厨房設備と運転資金として500万円が必要」という流れなら、通帳、売買契約書、登記事項証明書などによって経緯を説明できる可能性があります。
ただし、すでに購入した不動産の代金を後から創業融資で穴埋めできるかは別問題です。融資には資金使途があり、これから必要になる設備資金・運転資金なのか、すでに支払い済みの費用なのかによって取り扱いが異なります。申し込み前に公庫へ確認しておくことが重要です。
500万円を借りるなら「何にいくら必要か」を明確にする
創業融資では「500万円欲しい」という希望額だけでなく、その500万円がなぜ必要なのかを説明します。公庫の創業計画書には設備資金と運転資金を分けて記入する欄があります。設備については見積書などを用意します。[参照:日本政策金融公庫 各種書式・創業計画書]
パン屋なら、例えば次のように具体化できます。
| 用途 | 金額例 |
|---|---|
| オーブン・ミキサー等 | 180万円 |
| 冷蔵・冷凍設備 | 70万円 |
| 内装・電気・給排水工事 | 100万円 |
| レジ・什器・備品 | 30万円 |
| 開業時の材料・包装資材 | 30万円 |
| 開業後の運転資金 | 90万円 |
| 合計 | 500万円 |
これはあくまで説明用の例ですが、このように見積書と対応する形で資金用途を説明できれば、希望額の根拠が明確になります。逆に必要額が350万円なのに「念のため500万円」という申請では、残り150万円の必要性を説明しにくくなります。
パン屋では開業後の売上予測と返済能力も重要
融資は借りられれば終わりではなく、事業利益から返済していく必要があります。そのため公庫の創業計画書では、創業当初と軌道に乗った後の売上、売上原価、人件費、家賃、支払利息、その他経費、利益などを計画します。
パン屋なら「客単価800円×1日80人×営業日25日=月商160万円」のように、客単価・客数・営業日数から売上予測を組み立てる方法があります。その数字が立地、店舗面積、営業時間、周辺人口、競合店などから現実的なのかを検証します。
さらに小麦粉、バター、卵などの原材料費、包装資材、電気・ガス代、人件費、決済手数料、広告費、設備修繕費などを差し引き、その利益から生活費と借入返済を賄えるか確認します。公庫も創業計画のチェックポイントとして「利益から借入の返済が可能な収支計画となっているか」を挙げています。[参照:日本政策金融公庫 創業計画書セルフチェック]
先に働いて現金を貯め直してから申し込むべき?
手元資金がほぼない場合、ある程度貯め直してから開業する方法には大きなメリットがあります。融資審査だけでなく、開業後の予想外の出費へ対応できるからです。
一方で、「自己資金が○万円になるまで絶対に申し込めない」という現在の一律ルールがあるわけではありません。すでに店舗となる不動産を取得しており、10年間の同業経験があり、具体的な開業計画もあるなら、まず日本政策金融公庫の創業相談を利用して現在の状態をそのまま相談するという選択肢があります。
公庫では創業計画書のブラッシュアップを含む相談も受け付けています。いきなり正式申込をするのではなく、「不動産取得に自己資金を使って現預金が少ない」「パン職人として10年経験がある」「設備・運転資金として約500万円必要」という事情を伝え、どの程度の自己資金を追加で準備すると資金計画が安定するか相談するのが現実的です。[参照:日本政策金融公庫 創業時支援]
まとめ:自己資金1割にこだわらず、500万円を返せる創業計画を作る
現在の日本政策金融公庫の「新規開業・スタートアップ支援資金」については、昔の情報にあるような「最低でも創業資金の10分の1を自己資金として持っていなければならない」という条件を現在の一律の必須要件として考える必要はありません。創業期の人については原則無担保・無保証人で利用できる融資も案内されています。
ただし、自己資金がほぼない状態で借入だけに依存すると、開業後の資金繰りが厳しくなります。不動産を1000万円程度で購入していても、それだけで500万円の融資が保証されるわけではなく、不動産の担保価値と購入価格も同じではありません。
パン屋で10年間働いた経験は創業計画を説明するうえで重要な強みになり得ます。まずはこれまで貯めた資金と不動産購入までの流れ、所有不動産の状況、500万円の具体的な使途、見積書、売上予測、原価・経費、毎月の返済可能額を整理しましょう。そのうえで公庫の創業相談を利用し、必要なら手元資金を増やしてから正式に申し込むという順番が、無理のないパン屋開業につながります。