匿名掲示板やQ&Aサイト、SNSに書いた内容から勤務先の同僚に本人だと推測され、その同僚が「あなたの投稿を知っている」と直接言わず、本人にだけ分かるような言葉で身バレをほのめかす――。このようなケースで精神的に追い詰められた場合、「投稿した本人が悪いのか」「気付いた同僚が悪いのか」という単純な二択では法律上の責任を判断できません。
重要なのは、匿名投稿をしたこと、同僚が投稿者を特定したこと、その後に同僚がどのような言動をしたか、精神的不調との因果関係を証明できるかをそれぞれ分けて考えることです。投稿内容に問題があったとしても、それだけで第三者による嫌がらせが当然に許されるわけではありません。一方、「同僚の回答を見て病んだようだ」という推測だけで、その同僚に法的責任があると断定することもできません。
結論|責任は「どちらが悪いか」ではなく、それぞれの行為ごとに判断される
例えば、従業員Aが匿名サイトに「仕事を長期間休むための理由を考えたい」という趣旨の投稿をしたとします。同僚Bが文章や過去の会話などからAだと推測し、サイト上でAにしか分からない情報を使って「誰だか分かっている」と感じさせる回答をしたケースを考えてみます。
Aには、自分で公開した情報によって身元を推測されるというリスクがあります。また、実際に虚偽の理由で休職しようとしたのであれば、その行為については勤務先との労働契約や就業規則上の問題が別途生じ得ます。しかし、投稿内容に問題があることと、BがAを精神的に追い詰めるような行為をしてよいかどうかは別問題です。
逆にBについても、単に公開されている投稿を偶然読んだだけなら、それだけで通常は責任が生じるわけではありません。問題になるのは、その後の言動です。執拗なほのめかし、脅し、職場での言いふらし、個人情報の暴露、継続的な嫌がらせなどがあれば、具体的な状況によってパワーハラスメントや不法行為などが問題になる可能性があります。
匿名投稿を同僚に見つけられただけなら直ちに違法とはいえない
インターネット上で一般公開した投稿は、不特定多数の人が閲覧できます。そのため、公開投稿を同僚が偶然発見し、内容から「これはあの人ではないか」と推測すること自体を直ちに違法と考えるのは難しいでしょう。
匿名で投稿していても、勤務先、仕事内容、年齢、居住地域、過去の出来事、独特な文章表現などを組み合わせることで、知人には投稿者が分かってしまうことがあります。匿名アカウントであることと、現実の人物を絶対に特定できないことは同じではありません。
したがって、投稿者側にも「公開した情報から知人に推測される可能性がある」というインターネット利用上のリスクはあります。ただし、ここから先の同僚の行動によって法的な評価は変わってきます。
「身バレしているぞ」とほのめかす行為はどこから問題になる?
一度だけ曖昧なコメントをした程度なのか、相手が不安になることを認識しながら何度もほのめかしたのかでは事情が大きく異なります。「見つけた」という事実だけでなく、言葉の内容、回数、期間、目的、職場での関係、他人への拡散の有無、相手の反応を知った後も続けたかなどが重要です。
例えば、本人しか知らないはずの情報を少しずつコメントし、「会社にも知られるかもしれない」と恐怖を感じさせる行為を長期間繰り返していた場合は、単なる一回の回答とは評価が異なります。逆に、投稿内容について一般的な回答を一度しただけで、投稿者を名指しせず、その後の接触もないのであれば、それだけから嫌がらせだったと断定することは困難です。
つまり「ほのめかした」という言葉だけでは結論を出せません。実際に書かれた文章や前後のやり取りを確認する必要があります。
同僚同士でもパワハラになる可能性はある
パワーハラスメントというと「上司が部下にするもの」と考えられがちですが、必ずしもそうではありません。厚生労働省は、職場のパワーハラスメントについて、優越的な関係を背景とした言動、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動、それによって就業環境が害されるという3要素を示しています。[参照] 厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」
ここでいう優越的な関係は役職だけに限定されません。厚生労働省の説明でも、先輩・後輩間や同僚間、場合によっては部下から上司への行為も対象になり得ることが示されています。[参照] 厚生労働省「確かめよう労働条件」
もっとも、「同僚がネット上の投稿に回答した」という事実だけで自動的にパワハラになるわけではありません。そのネット上の行為が職場における言動として評価できるのか、優越的な関係があったのか、業務上必要かつ相当な範囲を超えていたのかなどを個別に検討する必要があります。
「精神的な攻撃」「個の侵害」に当たる可能性も状況次第
厚生労働省はパワハラの典型例として、「精神的な攻撃」「人間関係からの切り離し」「個の侵害」など6類型を挙げています。精神的な攻撃には脅迫、名誉毀損、侮辱、ひどい暴言などが、個の侵害には私的なことへ過度に立ち入る行為などが含まれます。[参照] 厚生労働省「パワーハラスメント防止指針」
そのため、匿名投稿を発見した同僚が、その情報を利用して投稿者を繰り返し威圧したり、職場で私生活に関する情報を広めたり、投稿者を追い詰める目的で執拗に接触したりした場合には、ハラスメントとして問題になる余地があります。
反対に、同僚が投稿を読んだことを示唆しただけで、その後の嫌がらせや拡散がなく、業務上の不利益もなく、言動も社会通念上著しく不相当とはいえない場合には、パワハラ成立を簡単に断定することはできません。ハラスメントの判断では、行為の一部分だけを切り取らず全体を見ることが重要です。
精神的に不調になったからといって自動的に同僚の責任にはならない
特に慎重に考える必要があるのが、「身バレを気にして病んだ」という部分です。精神的な不調が生じたという結果だけから、特定の同僚を原因と決めつけることはできません。
法律上の損害賠償などが問題になる場面では、同僚が具体的に何をしたのか、その行為が違法と評価できるのか、実際にどのような損害が発生したのか、そしてその行為と損害との間に法的に認められる因果関係があるのかなどが重要になります。
例えば、もともと仕事上のストレスがあった、休職について悩んでいた、家庭問題など別の事情があったというケースでは、精神的不調の原因を一つに限定できないこともあります。「おそらくあのコメントが原因だろう」という周囲の推測だけでは、法的責任を確定する材料として十分とは限りません。
投稿者自身の「ズル休みをしたい」という内容はどう評価される?
一方、匿名投稿の内容そのものにも別の問題があります。実際には休職を必要とする事情がないのに、会社を欺く目的で虚偽の理由を作ろうとしていたのであれば、その後の具体的な行為によっては勤務先との労働契約や就業規則上の問題につながる可能性があります。
しかし、「ネットで休む理由を質問した」という段階と、「実際に虚偽の申告をして休職制度を不正利用した」という段階は区別する必要があります。ネット上に書いた希望や計画だけを見て、実際に不正行為を行ったと決めつけることはできません。
さらに重要なのは、仮に投稿者側に勤務上の問題があったとしても、それによって同僚による嫌がらせが正当化されるわけではないことです。勤務上の問題があるなら、本来は会社が事実関係を確認し、就業規則などに従って適切に対応する問題です。
「自業自得だから責任なし」と単純化できない理由
この種のトラブルでは、「そもそもズル休みを考えた本人が悪い」「ネットに書いた本人の自己責任」という意見が出やすいものです。しかし、道徳的な評価と法的責任は同じではありません。
例えばAに不適切な行為があり、それを知ったBがAに対して別の不適切な行為をした場合、Aの問題によってBの行為が自動的に帳消しになるわけではありません。それぞれの行為について別々に責任の有無を検討します。
反対に、「Bのコメント後にAが精神的不調になった」という時間的な順序だけでBの責任が確定するわけでもありません。投稿者に問題があったから同僚は無責任、精神的不調になったから同僚が全面的に悪い、という両極端な判断は避ける必要があります。
会社にも対応が求められるケースがある
トラブルが職場の人間関係にまで及んでいる場合には、当事者二人だけの問題ではなくなることがあります。現在、事業主には職場のパワーハラスメントを防止するために必要な雇用管理上の措置を講じることが求められています。
会社が相談を受けた場合には、相談窓口を通じて事実関係を確認するなど、適切な対応が必要になります。相談したことなどを理由に不利益な取扱いをすることも認められていません。厚生労働省は、企業におけるハラスメント対策がすべての事業主に義務付けられていることを案内しています。[参照] 厚生労働省「職場におけるハラスメント対策」
また、仕事上のハラスメントや対人関係などによる強い心理的負荷が原因となった精神障害については、要件を満たせば労災保険給付の対象になる場合があります。ただし、「職場で嫌な出来事があった」というだけで自動的に労災認定されるわけではなく、認定基準に基づく個別判断となります。[参照] 厚生労働省「労働条件・職場環境に関するルール」
トラブルになった場合に残しておきたい証拠
ネット上の「ほのめかし」は後から削除される可能性があります。問題が深刻化している場合には、感情的に応酬するより、まず事実を記録することが重要です。
- 元の質問・投稿のURLと投稿日時
- 問題となった回答やコメントのスクリーンショット
- コメントが投稿された日時
- 同僚との職場での会話や出来事の記録
- 誰にどの情報を話されたのか
- 会社への相談日時と回答
- 体調不良がある場合の受診記録
特に「本人にしか分からないように身バレをにおわせた」というケースでは、第三者が文章を読んでも意味が分からない可能性があります。なぜその言葉が自分を指していると判断できたのか、その背景も時系列で記録しておくと状況を説明しやすくなります。
ただし、証拠を集める目的でも相手のアカウントへの不正アクセスや無断での個人情報取得など、別の問題になる行為は避ける必要があります。自分が正当に閲覧できる範囲の資料を保存することが基本です。
会社・労働局・専門家への相談を検討する目安
一度のコメントだけではなく嫌がらせが継続している、職場でもほのめかされる、同僚に言いふらされている、勤務に支障が出ているといった場合には、勤務先のハラスメント相談窓口、人事・労務担当者などへの相談を検討できます。
社内で解決しにくい職場トラブルについては、都道府県労働局などの「総合労働相談コーナー」でも相談できます。厚生労働省もパワハラなどについて相談先を案内しています。[参照] 厚生労働省「ハラスメントの相談先・対処法」
損害賠償、名誉毀損、プライバシー侵害など具体的な法的責任を検討する段階なら、実際の投稿・回答・職場での言動を資料として持参し、弁護士などに個別相談するのが確実です。文章の一部だけでは法的評価が大きく変わるためです。
まとめ|「投稿した本人」か「同僚」かの二択ではなく、行為と因果関係を分けて考える
匿名のネット投稿が同僚に見つかり、そのことをほのめかされた後に投稿者が精神的に不調になったケースでは、誰か一人にすべての責任があると直ちに断定することはできません。
公開サイトに自分で投稿した以上、内容から身元を推測されるリスクは投稿者側にもあります。また、虚偽の理由による休職などを実際に行えば、それ自体が勤務先との関係で問題になる可能性があります。
しかし、それとは別に、同僚が身バレした情報を利用して執拗に脅したり、嫌がらせを続けたり、私的情報を職場に広めたりしたのであれば、その同僚の行為についてパワハラや不法行為などの問題が生じる可能性があります。投稿者側の落ち度が、別の不適切な行為を無条件に正当化するわけではありません。
そして精神的不調について法的責任を問う場合には、実際にどのような言動があったのか、その言動が違法と評価できるのか、どの程度の損害が生じたのか、その言動と精神的不調との因果関係を認められるのかが重要です。「おそらく身バレが原因」という推測だけでは確定できません。
この種の問題では「どちらが悪い」という感情的な二択にせず、投稿者の行為、同僚の行為、会社の対応、精神的不調との因果関係をそれぞれ切り分けて検討することが、最も正確な考え方です。