警察官から職務質問を受けた際、カバンの中を見せるよう求められたり、財布などの所持品を確認されたりすることがあります。このとき「軽い声かけならカバンを見るだけ」「交通違反をしたら財布の中まで詳しく調べられる」というように、最初の理由によって検査範囲が機械的に決まるのでしょうか。
職務質問に伴う所持品検査について、最高裁判例は検査の必要性・緊急性、本人が受ける権利利益への侵害、保護される公共の利益などを具体的状況に応じて比較衡量するという考え方を示しています。したがって、声をかけた理由は重要な事情の一つですが、それだけで「ここまで検査できる」と一律に決まる仕組みではありません。
そもそも職務質問はどんな場合に行えるのか
警察官職務執行法2条1項は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して、犯罪を犯した、または犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由がある者などを停止させ、質問できると定めています。
一方、同条3項では、刑事訴訟に関する法律による場合を除き、身柄を拘束したり、本人の意思に反して警察署などへ連行したり、答弁を強要したりすることはできないとされています。職務質問は逮捕や令状による捜索とは異なる制度です。
また警察法2条2項は、警察活動について憲法が保障する個人の権利・自由への干渉にわたるなど、権限を濫用してはならないと定めています。[参照]
所持品検査は「本人の承諾を得る」のが原則
職務質問に伴う所持品検査について重要なのが最高裁判例です。最高裁は、所持品検査は所持人の承諾を得て、その承諾の範囲で行うのが原則という考え方を示しています。
もっとも、承諾がない場合には一切何もできない、とまで単純化することもできません。最高裁は、捜索に至らない程度の行為については、強制にわたらないことを前提に、必要性・緊急性、侵害される個人の法益と保護される公共の利益とのバランスなどから、具体的状況のもとで相当と認められる限度で許容される場合があるとしています。[参照]
つまり所持品検査には、「職務質問だから警察官は自由に何でも調べられる」というルールも、「本人が一度でも拒否すれば警察官は何も確認できない」という単純なルールもありません。具体的な状況が重要になります。
検査範囲は「最初に声をかけた理由」だけでは決まらない
所持品検査の程度を考える際には、警察官が最初に声をかけた理由も判断材料になります。しかし、それだけを基準に「理由Aならカバンを外から見るだけ、理由Bなら財布の中まで調べられる」という段階表が法律で決められているわけではありません。
実際には、職務質問が進む途中で判明した事情も重要になります。質問への回答、所持品の外観、周囲で発生している事件との関連、危険物を所持している可能性など、複数の事情によって必要性や緊急性の評価が変化し得ます。
反対に、犯罪との関連を疑わせる事情が乏しい状況では、プライバシーへの侵害が大きい検査ほど、その必要性・相当性が問題になります。裁判所も実際の事案について、職務質問を始めた時点から検査時点までの具体的な経緯を細かく検討しています。
「目をそらした場合」と「信号無視した場合」で自動的に検査範囲は変わらない
たとえば自転車に乗っている人が警察官と目を合わせなかったという事情と、信号無視を現認されたという事情では、警察官が把握している事実は異なります。しかし、そこから直ちに所持品検査の範囲まで決まるわけではありません。
信号無視が確認されたとしても、それ自体は交通違反についての事情です。それだけを理由に「財布の中に入っている物をすべて一つずつ確認できる」と一般化することはできません。財布の詳細な確認が問題になるなら、なぜその検査が必要だったのか、どの程度の嫌疑や緊急性が存在したのか、本人が承諾したのかなどを含めて判断することになります。
逆に、最初のきっかけが比較的軽い事情だったとしても、その後の職務質問で別の犯罪を疑わせる具体的事情が新たに判明することはあります。その場合、最初の声かけ理由だけを切り取って検査の相当性を判断することも適切ではありません。
財布の中まで確認した事案について最高裁はどう判断している?
財布の所持品検査そのものが争点となった最高裁判例もあります。その事案では、対象者が不可解な発言をし、手に注射器を握っていたことなど、薬物犯罪との関連を疑わせる複数の具体的事情が存在していました。
最高裁はこうした事実経過を踏まえて財布に対する所持品検査を検討しています。重要なのは、単に「警察官なら財布を調べられる」と判断したのではなく、検査に至るまでにどのような事情が積み重なっていたかを考慮している点です。[参照]
この判例からも、財布という物だけを基準に適法・違法を判断するのではなく、嫌疑の内容、必要性、緊急性、検査方法、本人への権利侵害などを具体的に検討する必要があることが分かります。
「プライバシーとのバランス」という理解はおおむね近いが、より正確には比較衡量
一般的な言葉に置き換えれば、「警察が確認する必要性と本人のプライバシーとのバランスを考える」という理解は方向性として近いものです。ただし、判例上の判断要素はプライバシーだけではありません。
所持品検査の必要性・緊急性、侵害される個人の法益、保護される公共の利益、検査方法や程度、強制にわたるものかなどを具体的に検討します。そのため、単純な点数制のように「不審度が低ければカバンだけ、高ければ財布まで」と分類することはできません。
実際の裁判例でも、警察官が防犯目的で声をかけたケースについて、周辺で車上狙いが多発していたわけではないことや、特定事件の捜査を念頭に置いていたわけではないことなどを考慮して、所持品検査の相当性が検討されています。[参照]
任意の所持品検査と令状による捜索は分けて考える
職務質問に付随する所持品検査と、刑事手続として行われる捜索は同じものではありません。職務質問に伴う所持品検査が原則として任意の承諾を基礎とするのに対し、刑事訴訟法上の令状に基づく捜索などには別の法的根拠があります。
そのため「職務質問された=警察官がバッグや財布を自由に捜索できる」と考えるのは正確ではありません。反対に、現場でどの行為まで許容されるかは個々の状況によって変わるため、抽象的な事例だけから適法・違法を断定することも困難です。
実際に受けた所持品検査について法的な問題があると考える場合は、日時、場所、警察官から言われた内容、自分が承諾・拒否した内容、具体的にどのような検査を受けたかを整理したうえで、弁護士など法律の専門家へ相談すると判断材料を伝えやすくなります。
まとめ:所持品検査の範囲は理由だけでなく「その時点までの具体的状況」で決まる
職務質問に伴う所持品検査は、本人の承諾を得てその範囲で行うのが原則です。一方、判例上は、捜索に至らず強制にわたらない一定の行為について、必要性・緊急性、個人の法益と公共の利益などを比較し、具体的状況のもとで相当な限度なら許容される場合があるとされています。
したがって、警察官が最初に声をかけた理由と所持品検査の程度には関連があり得ますが、理由ごとに検査可能な範囲があらかじめ決まっているわけではありません。最初は軽い事情でも、その後に新しい事情が判明すれば評価は変わり得ますし、交通違反をしたというだけで当然に財布の中まで詳細な検査が許されるともいえません。
「カバンを見るだけなら適法」「財布を一つずつ調べたら違法」というように検査場所だけで結論を出すのではなく、承諾の有無、犯罪との関連を疑わせる具体的事情、必要性と緊急性、検査方法、権利利益への侵害の程度などを総合して判断するのが、判例に沿った理解です。