不倫相手と慰謝料について示談し、分割払いを受けている途中で相手方の弁護士から「債務整理開始通知」や「債権調査票」が届くことがあります。残額が数十万円以上残っていれば、「自己破産されたら慰謝料まで全部なくなるのか」と不安になる場面です。
ここで重要なのは、不倫慰謝料だから必ず自己破産で消えるとも、逆に不倫だから必ず免責されないとも言い切れないことです。破産法には免責されない「非免責債権」がありますが、不貞行為による慰謝料が該当するかは具体的な事情によって判断が分かれます。
さらに、示談書を作ってすでに一部を支払っている場合でも、示談書の文言、慰謝料が発生した経緯、相手が当時どこまで婚姻関係を認識していたかなどが重要になります。債権調査票が届いた段階から、資料を整理して対応することが大切です。
自己破産しただけで借金が自動的に消えるわけではない
まず「自己破産」と「免責」は分けて考える必要があります。裁判所によると、破産手続は債務者の財産を換価し、法律上の優先順位に従って債権者へ配当する手続です。個人が破産手続を開始しただけで、直ちにすべての債務の支払義務がなくなるわけではありません。
債務の支払責任から法的に免れるには、原則として別途「免責許可決定」を受ける必要があります。また、浪費や詐欺的な行為など法律で定められた事情がある場合には、免責が認められないことがあります。[裁判所・破産手続について参照]
したがって、債務整理開始通知が届いた段階では「84万円の残額が消滅した」と確定したわけではありません。まだ任意整理などを検討している段階なのか、実際に自己破産を申し立てるのか、その後に免責が認められるのかを区別する必要があります。
不倫慰謝料にも自己破産の免責が及ぶ可能性がある
一般の貸金やクレジットカード債務などは、免責許可決定が確定すれば原則として支払責任が免除されます。不倫を原因とする慰謝料も、「慰謝料」という名称だけで当然に非免責債権になるわけではありません。
破産法253条1項2号では「破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」が非免責債権とされています。ここでいう「悪意」は、日常会話でいう「悪いことだと分かっていた」という程度と単純に同じではなく、裁判上はより慎重に判断されます。
そのため「不倫は故意にした行為だから、慰謝料は絶対に自己破産で消えない」という理解は危険です。不貞慰謝料について非免責債権性を主張するのであれば、具体的な事実関係が重要になります。
「悪意で加えた不法行為」に当たるかが大きな争点になる
非免責債権になる可能性を考えるうえでポイントになるのが、相手方がどのような認識・意図で不貞関係を続けていたのかです。単に既婚者と性的関係を持ったという事実だけで、破産法上の「悪意」が自動的に認定されるとは限りません。
例えば、既婚者であることを明確に認識しながら、配偶者に積極的な害意を持って婚姻関係を壊そうとした事情などが立証できる場合と、既婚者であることは知っていたものの、そのような積極的な事情まで認められない場合とでは評価が異なり得ます。
裁判所の債務整理Q&Aでも、離婚慰謝料について、離婚原因によっては「悪意をもって加えた不法行為に基づく損害賠償」といえる場合があり、その場合には免責されない可能性があると説明されています。[裁判所・債務整理Q&A参照]
示談書があっても「必ず免責されない」とは限らない
150万円を支払うという示談書があり、すでに66万円が支払われ、残額84万円というケースを考えてみます。示談書は「慰謝料債権が存在すること」「相手が支払義務を認めていたこと」を示す重要な資料になります。
しかし、示談書が存在すること自体と、破産法上の非免責債権に該当することは別問題です。示談によって不法行為に基づく慰謝料を分割払いにしたからといって、その債権の性質について一律の結論が出るわけではありません。
そこで示談書の中に、不貞の事実、婚姻していることを認識していたこと、交際期間、慰謝料を支払う理由などがどの程度記載されているかが重要になります。メール、LINE、当時のやり取りなども事実関係を確認する資料になり得ます。
債権調査票が届いたら残額を正確に申告する
相手方の弁護士から債権調査票が送られてきた場合は、まず現在の債権額を正確に整理します。例えば示談額150万円のうち66万円が入金済みなら、元本残額は84万円です。遅延損害金などについては示談書の条項を確認します。
債権の原因についても、単に「貸金84万円」などと誤って記載するのではなく、不貞行為を原因とする慰謝料を示談したものであることが分かるようにすることが重要です。示談書のコピーなど、債権の根拠資料も保管しておきます。
非免責債権だと考える事情があるなら、その主張と根拠を破産手続が進む前から整理しておくことが重要です。ただし、意見書を提出しただけで非免責債権と確定するわけではありません。
破産裁判所が非免責債権かどうかを必ず確定してくれるわけではない
ここは誤解されやすいところです。破産手続で免責許可決定が出たとしても、個々の債権が破産法253条の非免責債権に該当するかについて、免責手続の中で必ず最終判断されるとは限りません。
裁判所の案内でも、非免責債権に当たるかどうかは破産裁判所が判定するものではなく、その債権に免責決定の効力が及ぶかについて別の訴訟で判断される場合があると説明されています。
つまり、相手に免責許可決定が出たからといって、不倫慰謝料残額についてその瞬間に争う余地が完全になくなるとは限りません。逆に、債権者側が「これは非免責債権だ」と主張しただけで支払義務が残ると確定するわけでもありません。
自己破産は「借金があれば簡単にできる」制度ではない
自己破産は、借金が多いという理由だけで自由に選べば自動的に認められる制度ではありません。破産手続開始には支払不能など法律上の要件があり、免責についても裁判所による審査があります。
裁判所の破産手続説明書では、財産を隠した、特定の債権者だけに不当に返済した、虚偽の債権者名簿を提出した、財産状態について虚偽を述べた、といった行為が免責に影響することが説明されています。[裁判所・破産手続説明書参照]
ただし、免責不許可事由があるからといって必ず免責されないとも限らず、事情によって裁判所が裁量免責を認める制度もあります。「不倫した人だから自己破産できない」「慰謝料を払いたくない人は破産できない」と単純化することもできません。
弁護士を付ければ「勝てる」のか
弁護士へ依頼する価値は、残額の大きさと非免責債権を裏付ける証拠によって変わります。弁護士を付けたから自動的に慰謝料全額を回収できるわけではありませんが、示談書や不倫当時の証拠を分析し、破産法253条1項2号に該当する可能性を検討してもらう意味はあります。
例えば、相手が既婚であることを知っていたというだけでなく、配偶者への積極的な害意をうかがわせるメッセージなどが残っている場合は、それを弁護士へ見せることで具体的な見通しを検討できます。一方、そのような証拠がなく一般的な不貞行為の慰謝料という事情だけなら、非免責債権との主張が必ず認められるとは限りません。
残額が84万円程度の場合は弁護士費用との比較も必要です。まず法律相談を利用し、「この示談書と証拠で非免責債権を主張する余地がどの程度あるか」「相手が破産申立てをした場合に何をすべきか」を確認してから正式依頼を判断する方法があります。
今の段階で整理しておきたい資料
破産手続へ進む可能性があるなら、示談書原本、これまでの入金履歴、残額の計算表、相手とのLINE・メール、不貞行為を示す資料、相手が婚姻関係を認識していたことが分かる資料などをまとめて保存しておきます。
債務整理開始通知、債権調査票、自分が提出した回答や意見書についてもコピーを残しておきましょう。その後、裁判所や破産管財人などから書類が届いた場合も処分せず保管します。
特に「悪意による不法行為」を主張したい場合には、不倫そのものを証明するだけではなく、当時の相手方の認識や行動を示す資料が重要になる可能性があります。
破産後に相手へ直接取り立て続けるのは避ける
弁護士から受任通知が届いた後や破産手続が始まった後は、「示談書があるから」と自己判断して相手へ繰り返し直接請求するのではなく、手続に沿って対応するのが安全です。
非免責債権かどうか争いがある場合も、相手本人へ強く迫るのではなく、相手方代理人、破産管財人、裁判所からの通知を確認し、自分側の弁護士に相談しながら進めます。
また、相手にほとんど財産がない場合には、非免責債権であることが認められても、すぐ84万円全額を回収できるとは限りません。「法的に支払義務が残ること」と「現実に回収できること」は別問題である点にも注意が必要です。
まとめ|不倫慰謝料は自己破産で必ず消えるわけでも、必ず残るわけでもない
不倫慰謝料を示談によって分割払いしている途中で相手が自己破産へ進んだ場合、残額が当然にすべて消えるとは限りません。破産法253条では「悪意で加えた不法行為」に基づく損害賠償請求権を非免責債権としています。
しかし、不貞行為による慰謝料がすべてこの「悪意」に該当するわけではありません。示談書の内容、不貞当時の認識、行為態様、婚姻関係への害意を示す事情などを個別に検討する必要があります。
債権調査票が届いた段階では、残額を正確に申告し、示談書・入金記録・LINEなどの証拠を保存しておくことが重要です。残額が大きく、非免責債権を主張できそうな事情がある場合には、破産・免責と不法行為の双方を扱う弁護士へ資料一式を持参して相談し、費用と回収可能性を比較して対応を決めるのが現実的です。