親や子、兄弟姉妹、配偶者などの間でお金をだまし取られたとき、「家族間だから警察は動かない」「親族間の金銭トラブルは民事」と説明されることがあります。しかし、これは親族間の詐欺が日本では犯罪ではないという意味ではありません。人を欺いて財物や財産上の利益を得れば、親族間であっても詐欺罪の構成要件に該当し得ます。ただし日本の刑法には、一定の親族間で行われた窃盗・詐欺・横領などについて刑を免除したり、告訴がなければ起訴できなくしたりする「親族間の犯罪に関する特例(いわゆる親族相盗例)」があります。つまり「親族間詐欺はすべて民事」なのではなく、犯罪が成立し得る一方、親族関係によって刑事処罰が大きく制限される場合があるというのが正確な理解です。AIによる偽音声・偽文書などで家族内の財産被害が複雑化する可能性もあるため、現在の制度が被害防止の観点から十分なのかという議論と、現行法が実際にどうなっているのかは分けて考える必要があります。
親族間でも「詐欺罪」そのものは成立し得る
刑法246条は、人を欺いて財物を交付させた者について詐欺罪を定めています。財産上の利益を不法に得た場合についても同様です。現行刑法では詐欺罪の法定刑は10年以下の拘禁刑です。[参照]
例えば、最初から返す意思がないのに虚偽の投資話を作って1000万円を振り込ませた場合、相手が他人でも親族でも、欺く行為、錯誤、財産の処分、財産移転など詐欺罪の要件を満たすかがまず問題になります。
したがって「親族だから詐欺罪が存在しない」という理解は正しくありません。特殊なのは、その次の段階で親族間の犯罪に関する特例が適用される可能性があることです。
親族相盗例とは?配偶者・親子・同居親族では刑が免除されることがある
刑法244条1項は、配偶者、直系血族、同居の親族との間で一定の窃盗等を行った場合について「その刑を免除する」と規定しています。そして刑法251条により、この244条の規定は詐欺罪、電子計算機使用詐欺罪、背任罪、準詐欺罪、恐喝罪などにも準用されます。[参照]
例えば、親が子を欺いて金銭を取得したケース、子が親を欺いて財産を取得したケース、配偶者間の詐欺などでは、詐欺罪の構成要件を満たしていても、親族相盗例によって刑が免除される可能性があります。
ここで重要なのは「刑が免除される」と「最初から犯罪ではない」は同じではないことです。刑法上の犯罪成立を検討したうえで、特別に刑罰を免除する制度が置かれているのです。
兄弟姉妹などは「絶対に処罰されない」とは限らない
親族相盗例はすべての親族を同じ扱いにしているわけではありません。刑法244条2項では、配偶者・直系血族・同居親族以外の親族との間で対象犯罪が行われた場合、告訴がなければ公訴を提起できないとされています。[参照]
例えば別居している兄弟姉妹の間で詐欺が行われた場合には、配偶者や親子の場合と同じように当然に刑が免除されるのではなく、被害者側から適法な告訴があれば刑事処罰に進む可能性があります。
整理すると、一般論としては次のようになります。
| 関係 | 対象となる財産犯罪での基本的な扱い |
|---|---|
| 配偶者 | 刑を免除する特例が適用され得る |
| 親子・祖父母と孫などの直系血族 | 刑を免除する特例が適用され得る |
| 同居しているその他の親族 | 刑を免除する特例が適用され得る |
| 上記以外の親族 | 告訴があれば起訴できる場合がある |
実際の適用には親族関係、同居状況、財産の帰属、犯罪の態様など個別事情が関わるため、表だけで最終判断することはできません。
「親族間の金銭問題は民事」と言われやすい理由
親族間の財産トラブルが民事として扱われやすい理由は、親族相盗例だけではありません。そもそも「詐欺」と「単なる貸金トラブル」の区別が難しいケースが多いからです。
例えば息子が親から500万円を借り、「必ず返す」と約束していたものの、事業に失敗して返せなくなったとします。結果的に返済されなかっただけでは、直ちに詐欺になるわけではありません。詐欺罪とするには、金銭を受け取る時点でだます意思があり、その欺罔行為によって相手が財産を交付したことなどを立証する必要があります。
一方、存在しない投資案件の契約書を作り、「元本保証で必ず倍になる」と虚偽の説明をし、受け取った金を最初から自分の遊興費に使う計画だった、といった事情が証拠から認定できれば、単なる債務不履行とは性質が異なります。それでも親族関係によって親族相盗例が問題になる、という二段階の構造です。
親族なら何をしても刑事責任を問われないわけではない
親族相盗例は「親族に対する犯罪なら何でも免責する制度」ではありません。対象となるのは窃盗、詐欺、横領など一定の財産犯罪です。
例えば暴行、傷害、不同意性交、強盗などについて、単に相手が親族だという理由で刑法244条の親族相盗例が適用されるわけではありません。また、一つの行為について詐欺だけでなく別の犯罪が成立する場合、その別の犯罪まで当然に免除されるとは限りません。
例えば親族本人になりすまして文書を作成したり、他人のアカウントへ不正アクセスしたり、第三者を巻き込んだりするケースでは、具体的な方法によって詐欺罪以外の犯罪が成立する可能性があります。「家族から金を取る行為なら、どんな手段を使っても親族相盗例で刑事事件にならない」と考えるのは危険です。
親族でない共犯者には特例が適用されない
刑法244条3項には、親族でない共犯者には親族間の特例を適用しないことが明記されています。[参照]
例えば子どもが第三者と組んで親の財産をだまし取った場合、親子だからという理由で、親族ではない第三者まで刑を免除されるわけではありません。
これは近年問題になる組織的な財産犯罪を考えるうえでも重要です。親族本人だけで完結する行為と、業者、知人、犯罪グループなど第三者が関与した行為では刑事法上の評価が異なる可能性があります。
地面師事件との違いは「親族かどうか」だけではない
高額な不動産や相続財産をだまし取る親族間トラブルを見ると、被害額や手口によっては地面師事件と大差がないように感じられることもあります。
しかし刑事法では、被害額が同程度だから必ず同じ処理になるわけではありません。地面師型事件では、所有者へのなりすまし、偽造書類、第三者への欺罔、不動産登記など複数の行為・関係者が存在することが多く、詐欺罪だけでなく文書偽造等の犯罪が問題になる場合があります。
親族内の財産犯罪については親族相盗例という特別規定があるため、似た経済的損害が生じても刑事処理が異なり得ます。この差を政策的に妥当と見るか、現代の家族関係や高齢者被害を踏まえて見直すべきと考えるかは、現行法の説明とは別の立法政策の問題です。
なぜ日本には親族相盗例が残っているのか
親族相盗例の背景には、家庭内部の財産関係には国家の刑罰権が過度に介入せず、一定範囲を親族内部の処理に委ねるという伝統的な考え方があります。「法は家庭に入らず」という説明がされることもあります。
一方、現在では家族の形や財産管理の方法が大きく変わり、高齢の親の預金、認知機能が低下した人の財産、インターネットバンキング、暗号資産など、家庭内部だけで解決することが難しい財産被害も考えられます。
そのため、親族間だから刑罰を抑制するという考え方と、高齢者・障害者など脆弱な立場にある人の財産を刑事法によって積極的に守るべきだという考え方のバランスは、今後も議論され得るテーマです。ただし2026年9月時点では、刑法244条と251条による現在の親族間特例は存在しています。
アメリカでは親族による財産詐取も刑事事件になるのか
「アメリカでは親族間詐欺を刑事事件にしている」と一括りにするのは正確ではありません。アメリカは連邦法と各州法が併存しており、窃盗、詐欺、高齢者への経済的搾取などの犯罪類型や処罰要件は州によって異なります。
ただし米国司法省は、高齢者に対するFinancial Exploitation(経済的搾取)について、家族や介護者が本人の金銭・資産を不当に取得するケースを明確に問題として扱っています。司法省のElder Justice Initiativeでも、家族による無断の預金引き出し、財産の移転、署名の偽造、本人を欺いて財産を渡させる行為などが高齢者への経済的搾取の例として示されています。[参照]
また米国司法省は州ごとの高齢者虐待・経済的搾取に関する刑事・民事法令を整理して公開しています。[参照]したがって米国には、家族・介護者による経済的搾取を刑事処罰の対象とする制度が各地に存在しますが、「米国ならすべての親族間金銭トラブルが刑事事件になる」と理解するのも適切ではありません。
AIで親族間の財産被害は増えやすくなる?
生成AIの普及によって、新しい犯罪が突然生まれるというより、従来からある詐欺やなりすましを行うハードルが下がる点には注意が必要です。
例えば音声生成技術を利用して家族本人の声に似せた音声を作る、もっともらしい契約書や投資資料を短時間で作る、メッセージを本人らしい文体に整えるといった行為が技術的には容易になっています。親族は家族構成、資産状況、暗証情報のヒントなどを知りやすいため、第三者による詐欺とは異なるリスクがあります。
しかしAIを使ったから自動的に新しい特別犯罪になるわけではありません。実際に何をしたかによって、詐欺、不正アクセス、文書に関する犯罪など既存の法令への該当性が個別に判断されます。
高齢の親の財産を家族が勝手に使うケースは特に注意が必要
親族間の財産問題で現実に深刻になりやすいのが、認知機能が低下した親などの財産管理です。
「将来相続するのだから今使っても同じ」「家族だから口座から出しても問題ない」と考えるのは危険です。親の預金は生前は親本人の財産であり、子どもの財産ではありません。成年後見人等として管理している場合には、さらに財産管理上の義務も問題になります。
親族相盗例が刑事処罰に影響するケースでも、民事上の返還請求や損害賠償請求などまで当然になくなるわけではありません。また手口や関係者によっては親族相盗例の対象外となる犯罪が成立する可能性もあるため、「どうせ家族だから罪にならない」という発想は法的にも安全ではありません。
被害に遭った側は「家族だから警察に行っても無意味」と決めつけない
親族間で財産を失った場合、まず何が起きたのかを具体的に整理することが重要です。「お金を返してくれない」という情報だけでは貸金返還請求などの民事問題なのか、最初から欺く意思があった詐欺なのか判断できないからです。
振込履歴、銀行口座の入出金記録、LINEやメール、契約書、録音、相手が説明していた投資先などの資料は消さずに保存しておきましょう。ネットバンキングなどへの不正アクセスが疑われる場合は、金融機関への連絡も重要です。
親族相盗例が適用される可能性があるケースでも、親族関係や犯罪類型によって結論は違います。高額被害、認知症等の高齢者被害、第三者との共犯、なりすまし、偽造などが絡む場合は、単に「親族間なので民事です」という一般論だけで判断せず、警察や弁護士に具体的な事実を示して確認する価値があります。
親族相盗例をなくせば詐欺の抑止になるのか
親族間の詐欺にも通常どおり刑罰を科す制度へ変更すれば、一定の抑止効果を期待する考え方は成り立ちます。特に巨額の財産被害や、高齢者・判断能力が低下した人を狙う財産搾取について「家庭内の問題だから」と刑事司法が後退することへの疑問には理解できる論点があります。
一方で、親族間では財産の共有、生活費の負担、贈与、貸付け、預かり金などの境界が曖昧なケースも非常に多く、家庭内の金銭紛争に刑事司法がどこまで介入するべきかという問題もあります。刑事処罰の範囲を広げれば、通常の家族間紛争まで刑事告訴合戦になる可能性をどう防ぐかという制度設計も必要です。
したがって改革を考えるなら、単純に「全部刑事化するか、全部民事にするか」という二択ではなく、被害額、高齢者・障害者など被害者の脆弱性、反復性、計画性、偽造・なりすましの有無、第三者との共犯などを踏まえて特例の対象を狭めるべきかといった議論も考えられます。
まとめ:日本でも親族間詐欺は犯罪になり得るが、親族相盗例が刑事処罰を大きく制限している
日本の親族間詐欺は「最初から民事事件で、刑事犯罪ではない」というわけではありません。人を欺いて財産を取得すれば詐欺罪が成立し得ます。しかし刑法251条が244条の親族間特例を準用しているため、配偶者・直系血族・同居親族との間の詐欺では刑が免除される場合があり、それ以外の親族では告訴がなければ起訴できない場合があります。[参照]
そのため「警察が親族間の財産問題を民事として扱いやすい」という印象には、詐欺の故意を立証する難しさに加えて、この親族相盗例が影響しているケースがあります。ただし暴行・傷害など別の犯罪まで親族だから免責される制度ではなく、親族でない共犯者にも特例は適用されません。
アメリカについても制度は州ごとに異なり、「親族間詐欺はすべて刑事」という単純な仕組みではありません。一方で米国司法省が家族・介護者による高齢者の財産搾取を明確な法執行上の問題として扱い、各州に刑事処罰を含む制度があることは、日本で親族間財産犯罪のあり方を考える際の比較材料になります。[参照]
AIによる偽音声・なりすまし・大量の偽資料作成などが容易になるほど、家族間の信頼だけを前提に財産を守ることは難しくなります。今後、親族相盗例をそのまま維持するのか、高齢者等への経済的搾取や計画的な高額詐欺について例外を設けるのかは立法政策として議論する余地があります。ただし現行法の段階でも、「親族なら財産をだまし取っても合法」「家族間なら警察に相談しても絶対に刑事事件にならない」わけではないことは押さえておく必要があります。