「昔は歩行者をはねたら、どんな状況でも車が100%悪いことにされた」という話を聞くことがあります。確かに自動車の運転者には高い注意義務があり、歩行者保護が重視されてきたことは事実です。しかし、歩行者が赤信号を無視して飛び出した事故まで、昔から必ず車だけが100%悪いというルールだったわけではありません。
交通事故では、刑事責任、行政上の責任、民事上の損害賠償を分けて考える必要があります。特に民事では、歩行者側にも事故発生の原因となる不注意があれば「過失相殺」が行われる仕組みが以前から存在します。
そのため、「歩行者=常に被害者で過失0%」「車=人をはねたら常に100%加害者」という理解は正確ではありません。信号の色、横断場所、飛び出し方、車の速度、見通しなどによって結論は変わります。
歩行者が赤信号を無視すれば歩行者側にも過失が認められる
信号機は自動車だけが守ればよいものではありません。歩行者も歩行者用信号に従う必要があります。赤信号で道路を横断し、その結果として青信号で進行してきた車と衝突したのであれば、歩行者側の信号無視は事故原因を判断するうえで重要な事情になります。
民事上の損害賠償では、被害者側にも過失がある場合、その程度を考慮して賠償額を調整する「過失相殺」という仕組みがあります。日本損害保険協会も、民法722条2項に基づき、被害者にも損害の発生・拡大について過失がある場合には、その割合を考慮して賠償額が決められると説明しています。[参照]
つまり歩行者が負傷したという結果だけを見て、「歩行者だから過失0%」と決めるのではありません。赤信号で横断したことも過失割合を判断する材料になります。
「ひと昔前なら車が全面的に悪かった」というのは正確ではない
現在だけ突然「歩行者にも責任を問うようになった」わけではありません。交通事故の民事賠償では長年にわたって多数の裁判例が積み重ねられ、それを基に事故類型ごとの過失割合が検討されてきました。
日本損害保険協会も、交通事故は事故形態がある程度定型化されており、過去の判例が蓄積されているため、それらと個々の事故状況を考慮して過失割合を決定すると説明しています。[参照]
したがって、少なくとも「以前の日本では、歩行者が赤信号を無視して突然飛び出しても、民事上は必ず車100%・歩行者0%だった」と一般化するのは適切ではありません。昔の事故でも、歩行者側の信号無視や飛び出しなどは過失相殺を考える材料になっていました。
では青信号の車なら一切責任を負わないのか
ここで逆の誤解にも注意が必要です。車側が青信号だったからといって、「何が起きても車の責任は0%」になるわけではありません。運転者には前方を確認し、危険を発見した場合に事故を回避するための適切な運転をすることが求められます。
実際、日本損害保険協会の事故多発交差点の解説でも、自動車が青信号で進行中、赤信号で横断していた歩行者と衝突した事例について、歩行者には信号を守るよう求める一方、運転者にも青信号であっても交差点では防衛運転に努めるよう注意喚起しています。[参照]
たとえば赤信号を無視している歩行者をかなり手前から確認できたのに、運転者が脇見をして減速せず衝突した場合と、物陰から突然歩行者が走り出し物理的に回避する時間がほとんどなかった場合とでは、車側の責任について同じ評価になるとは限りません。
過失割合と刑事責任は同じものではない
「車が何割悪いか」という話では、民事上の過失割合と刑事責任が混同されがちです。民事上の過失割合は、事故によって生じた損害を当事者間でどのように負担するかという問題です。
一方、死亡・負傷事故で運転者に必要な注意を怠った事実があるかという刑事上の問題は、別の観点から判断されます。また交通違反に伴う行政処分も別です。そのため、「民事では歩行者にも大きな過失が認められた」ということと、「運転者には一切問題がない」ということは同義ではありません。
逆に、歩行者が信号を無視したという一点だけで、運転者がどのような走行をしていても必ず無責任になるわけでもありません。実際の事故では、信号、速度、見通し、ブレーキ操作、発見可能性、ドライブレコーダー映像などから具体的に判断されます。
自賠責保険では歩行者保護が強いため誤解されやすい
「車と歩行者なら車がほぼ全面的に悪くなる」というイメージが生まれる理由の一つに、自賠責保険の被害者保護の仕組みがあります。自賠責保険は交通事故被害者の救済を目的としているため、通常の民事上の過失相殺とは異なる減額方法を採用しています。
日本損害保険協会によれば、自賠責保険では被害者保護を重視し、被害者に重大な過失がある場合にのみ「重過失減額」が行われます。被害者の過失が7割未満であれば、この仕組みによる減額はありません。[参照]
これは「民事上、歩行者の過失が存在しない」という意味ではありません。自賠責の支払基準と、最終的な民事上の過失割合は分けて理解する必要があります。
昔と今で大きく違うのは事故状況を客観的に確認しやすくなったこと
法律上の基本的な考え方とは別に、現代の交通事故ではドライブレコーダーや防犯カメラなどによって事故の瞬間を客観的に確認できるケースが増えています。この点は、目撃者や当事者の供述への依存度が高かった時代との実務上の大きな違いです。
たとえば「歩行者が突然赤信号で走り出した」のか、「歩行者は以前から横断していて車側が発見できた」のかは、過失を考えるうえで重要です。映像があれば、歩行開始のタイミング、車との距離、信号表示、速度などをより客観的に検討できます。
そのため現代では、単純に「車対歩行者」という属性だけを見るのではなく、事故発生までの具体的な状況を証拠から検討しやすくなったといえます。
まとめ:昔でも信号無視した歩行者が必ず過失0%だったわけではない
歩行者が赤信号を無視して道路へ飛び出し、車と衝突した場合、ひと昔前だからという理由だけで「車が一方的に100%悪く、歩行者は完全に無責任」と決まっていたわけではありません。民事上は以前から過失相殺という考え方があり、歩行者側の信号無視も事故原因として考慮されます。
一方で、歩行者が信号無視をしていれば車側が必ず0%になるわけでもありません。運転者が危険を発見できた状況だったか、適切な速度だったか、回避行動を取れたかなどによって車側にも過失が認められることがあります。
つまり、「昔は歩行者なら無条件で正義、今は違う」という単純な変化ではありません。昔も現在も、民事上は双方の行動を踏まえて過失を検討するのが基本です。現代ではさらにドライブレコーダーなどの普及によって、「誰がどの信号で、いつ飛び出し、回避可能だったのか」を客観的に確認しやすくなっています。